覆面教師 〜高杉篇〜



「遅くなり、ましたっ」
息を切らせて土方が生徒会室に駆け込んだ時、そこにいるはずの生徒会役員の姿はなかった。
(え……?)
まさか間に合わなかったのか、と青くなる。
一時間あまり前、部活中の武道場を「剣道部の下期予算申請書がまだ提出されていない」と言って生徒会の役員が訪れたのだ。
そんなはずはない、もうとっくに作成して提出してあるはずだ、そっちで失くしたんじゃないのか、もう一度よく探せ、と怒鳴って土方が追い返そうとしたところで。
そのやり取りが聞こえたらしい部長の近藤が「あっ!」と声を上げた。
嫌な予感がして土方が振り返ると――
「すまん、トシ!」
大きな体を縮こまらせ、本当に申し訳なさそうな顔をして拝むような動作で近藤が謝っていた。
「……はぁ」
それを見ただけで、大体の事情が理解できてしまった土方が小さく溜息をついた。
下期分の受付けが始まってすぐ、土方は作成した申請書を生徒会に提出しておいてくれ、と近藤に渡した。少なからず不安はあったものの、本来部長の仕事なので土方が代行してしまったのでは近藤の評価に傷がつく(今更ではあるのだが)。
その辺の自覚は近藤自身にもあったので、「心配するな。今すぐ出してくる!」と宣言すると、受け取ったばかりの申請書を握り締めて生徒会室へ向かったはずなのだが。
道すがら、ストーキングをしているクラスメイトの志村妙を見かけ、思わずいつも通りに駆け寄って殴り倒され蹴り飛ばされ――
その時に失くしてしまったのをすっかり忘れていた、ということだった。
「すまん!本当にすまん、トシ!」
ひたすら謝る近藤に
「もういいよ。ちゃんと生徒会室の前までついていかなかった俺も悪ぃ」
客観的に見れば何の落ち度もない土方が、そう言って近藤を慰める。
甘やかしすぎだ、とその場に居合わせた全員が思ったが、今に始まったことではないので誰も何も口を挟まなかった。
家に帰ればオリジナルがあるから明日持ってくる、という土方にしかし生徒会役員は首を横に振る。
明日には学校側に提出しなければならないから、今日中に書類を用意できないと下期の予算はおりない、というのだ。
だったらもっと早く言え、とは思ったが、全面的に自分たちが悪いので文句も言えない。
生徒会としても、先程最終チェックをしていて初めて気がついて慌ててやって来たのだという。まさか土方のいる剣道部が提出漏れなんてあるはずがないと思い込んでいたのだ。近藤という危険因子をうっかり見落としていたのは、生徒会としても悔やまれるところだった。
グズグズ言ったところで、締め切りが延びるわけでも書類が沸いて出るわけでもない。
諦めて土方は、部活を途中で切り上げ急いで自宅に戻ることにしたのである。

駅までの道を走って走って走って、パソコンが起動するまでの数分、イライラとモニターを睨みつけ、プリントアウトした予算申請書を引っつかむと、電源を落とす間も惜しんでまた走って走って学校に戻ってきたのに。
すでに生徒会役員は帰宅してしまったらしくもぬけのからだった。
一瞬、目の前が暗くなる。
(下期の予算ゼロ決定、ってか……?)
ガックリと項垂れた土方が、何かの匂いに気づきふと顔を上げると。
こちらに背を向けた会長用の椅子から細い煙が立ち昇っていた。
火事でないとしたら。誰かがそこで煙草を吸っているのだ。
まさか生徒会長が生徒会室で喫煙なんて考えられない。とすると――?
「……誰だ?」
唸るように誰何した土方に答えるように、椅子がくるりと回った。
(高杉……!)
およそ教育者らしからぬ派手なシャツを纏い、さらに教師では有り得ないほど酷薄で残忍な雰囲気を漂わせ、会長椅子に深々と腰掛けて煙管をくゆらせていたのは、生徒会顧問の高杉だった。
「誰だとはご挨拶だなァ、剣道部副部長サンよォ。わざわざお前らが未提出の予算書を待っててやったってェのに」
いくら生徒会役員だからって仕事もないのにこんな時間まで残らせたらカワイソーじゃねェか、と言ってることは一見もっともらしいが、この教師がそんな男じゃないことを土方は知っている。
顧問でありながら、日常の生徒会業務はおろか大事な会議にさえ全く顔を出したことがないとクラスメイトで生徒会長の桂が憤っているのを何度も見たことがあるからだ。
その高杉が、生徒を遅くまで残らせないために自分から居残りを買って出るなど有り得ない。
だが。
「ほら」
何でもないような顔をして高杉が手を出す。
「俺もとっとと帰りてェんだよ。さっさと出すモン出しな」
不審に感じながらも、他にどうしようもなく、土方は書類を手渡すとそのまま踵を返そうとしたが。
「ちょっと待ちな」
高杉に引き止められた。
「今、目ェ通しちまうから、ちっとそこで待ってろ」
質問があった時本人がいなきゃ困るだろうが、と言われてしまえば従わざるをえない。
仕方なく顎で示されたソファに腰掛けようとしたら
「そこにあるコーヒー、勝手に飲んでいいぞ」
壁際に備えつけられたコーヒーメーカーには、高杉一人しかいないのにたっぷりと淹れられた黒い液体が良い香りを放っている。
待っている間手持ち無沙汰だし、走りづめで喉も渇いていたので、勧めに甘えてご馳走になることにした。ちょっと濃いめが好きな土方にはちょうど良い苦さで美味しい。
一息で飲み干してしまい、おかわりを貰おうかなと迷っていたところへ、意外にも真面目に書類を見ていたらしい高杉から声をかけられた。
「土方。ちょっとココ、意味わかんねェ」
「……どこですか?」
毎度作ってる書類だし不備はないはずなんだが。でも普段見慣れてない高杉には分からないのかもしれないと考え、ちょいちょい、と手招きされるままに近づき、ココ、と指差された書類を覗き込む。
「これは……」
説明しようとした土方の頭が、ダン!と机に叩きつけられた。
「っつゥ……!」
後頭部を押さえられたまま、痛みで涙が滲んだ横目でジロリと高杉を睨みつける。
「クククッ。土方ァ、お前もう少し警戒心っつーモンを養ったほうがいいなァ」
警戒心、と言われても。
普通、いくら危険な噂があるとはいえ、何の落ち度もない(はず)のにいきなり生徒会室で教師に殴りつけられるとは思わないだろう。だが、油断していたのは間違いない。
悔しさに歯噛みする土方にさらに
「それからなァ。勧められたからって何でも口にするもんじゃねェぜェ」
中に何が入ってるか分かんねェんだからなァ、と愉しげに言われぎょっとする。
まさか、コーヒーの中に何か入ってた――?
「ククッ。身体に力が入らねェだろ……?」
土方の疑問を裏付けるように、耳許に唇を寄せた高杉が舌でねぶるように囁いた。
「っざけ……!」
ふざけるな!と怒鳴って跳ね除けようとしても、高杉が言う通り身体に上手く力が入らない。だがそれは、妙な態勢で上から押さえつけられているからだ、と土方は思いたかった。
高杉が手を放せば、あるいは少しでも力を緩めれば、すぐに反撃してやる。
「俺がっ、なにした、って言う、んだっ」
首筋を押さえられ、切れ切れにしか出せない声で抗議してみるが、大した理由などないだろうことは分かっていた。見るからに高杉は、無差別に他人に暴力を揮うのを好みそうな感じだし、土方はといえば目つきが気に入らないなどと言われて非常に絡まれ易いタイプだったからだ。
案の定。
「いやァ、別に?なんもしてねェなァ。強いて言やァ、存在そのものかねェ。そのキツイ目とか生意気な態度見てっとメチャクチャにしてやりたくなんだよ」
やっぱり。
ならば、相手が教師とはいえ大人しく殴られてやるつもりはない。たとえ一服盛られてるとしても反撃して、返り討ちにしてやる。
ますます目に力を入れて睨んでくる土方に、心底愉しそうに高杉は嗤った。
「やっぱいいぜ。その目だ。ゾクゾクすんなァ」
声が舌なめずりしてるようだ。
そして、その口調のままに目の前にあった耳をぺろりと舐めあげる。
「うわっ!?」
もう一度頭を机に叩きつけられるか、あるいはわき腹に膝でも入れられるか、と筋肉を緊張させていたところに不意打ちすぎて、素で驚愕の声をあげてしまった。
さもおかしそうに喉の奥で笑われ、悔しさにねぶられた耳が紅く染まる。
「その調子でたっぷり鳴いてみせろよ」
「だれ、がっ……」
殴られても蹴られても、これ以上声なんか出すものか、と奥歯を噛み締める土方を冷たくギラついた隻眼が面白そうに見下ろす。その視線は「我慢できるもんならやってみな」と言っていた。
「イイコにしてりゃ優しくしてやらないこともないんだぜ?『ひどいことしないで』ってお願いしてみな?」
反抗心を煽るためとしか思えない科白で高杉が挑発する。
「死んでも、言わねぇっ……」
こういう反応を期待していたのだろう。高杉は満足そうに口元を歪めた。
「痛いの希望か。気が合うじゃねェか」
嬉しくてたまらないのを隠す素振りも見せず、愉しそうなくつくつ笑いが止まらない。
「それじゃ、ご要望にお応えしてやるとするか。俺は優しいからな」
高杉から滲み出る何もかもが優しさからはほど遠いというのに、よくもまあ白々しくそんなことが言えるものだ。
だが、そんな風に呆れている余裕は土方にはなかった。
いきなり下半身の衣服を全て剥ぎ取られてしまったからである。
「っにす……っ」
ベルトもファスナーも、いつの間に外されていたのか全然気がつかなかった。
そして抜き取られたベルトで一瞬のうちに両手首を後ろ手に縛り上げられてしまう。
あまりの手際の良さにいかに高杉にとって手馴れた行為なのかが窺われ、不覚にも土方はゾッとした。
だがもちろん、これで終わりではない。というか始まったばかり。
決して人目に晒されていいはずのない箇所に硬くて冷んやりとした何かが触れたと感じた次の瞬間には、あろうことかその何かが土方の中に入り込んできたのだ。
「イ、デェッ……!」
めりめりと身体が裂ける音が聞こえるような気がする。
外から何かが入ってくるなど有り得ない場所へ突然巨大な何物かに侵入され、痛みと共に恐怖がじわじわと広がった。
「痛ェか。そりゃ良かった。バイブで悪ィが、俺はオメェと違って痛いのはゴメンなんでな。俺様の抜き身は後でたっぷりくれてやっから今はバイブで我慢しとけ」
耳慣れない単語が、脳には届いても理解きない。
(い、いてェ…… ばいぶ……?ばいぶ、ってなんだ……?ばいぶ、がいてェのか……?チク、ショーッ、いてェ… いてェ、いてェェェッ……!)
激痛に思考が散乱してまとまらない。
「ぐ、あぁっ!」
土方の苦痛にお構いなしで、高杉はぐりぐりとバイブで体内を掻き回す。
(な、んだ、これっ……裂けるっ壊れるっ 死、ぬッ……!)
「あ、あぐ……」
本当に身体が脳天まで真っ二つに千切られているようで、絶対に声なんか出さないつもりだったのに苦鳴が抑えきれない。
だというのに。
「クク…土方ァ。ずいぶんと気持ち良さそうじゃねェかァ……」
もし土方がまともに口のきける状態だったら「どこに目ェつけてんだ。頭オカシイんじゃねェか」とでも言いたくなるような、見当はずれもいいところの高杉の発言だったが。
「完勃ちじゃねェか」
嗤いながらバイブを操っていないほうの手で高杉が握り締めた土方の男性器は、信じられないことに力強く反り返り腹にくっつきそうなほど大きくなっていた。
「な、んでっ……!?」
痛くて痛くて死にそうなのに、信じ難い自分の身体の裏切りに、土方は涙に濡れた目を見張った。
「健全剣道少年の優等生の仮面を剥げば、素顔はとんだドMだったわけだ」
「ちが…ア、ァッ!」
否定したいのに、一度自覚してしまうと捏ね回されるバイブの感触がたまらない快楽に感じられて甘い声をあげてしまう。
「なにが違うんだ?もっとヒドくされねェとイケねェってか?」
背中に覆い被さるようにして囁いた直後、高杉は深々と突き刺していた玩具を一気に引き抜いた。
「ィ、アアッ!!」
内臓ごと引き抜かれるような衝撃が土方を貫いた。強すぎる衝撃に精を放出しそうになったのだが、高杉の指に根本を締め付けられているために叶わない。
収まりきらない余韻に、土方は机にうつ伏せたままヒクヒクと痙攣を繰り返す。
「うぐっ……!」
だが、土方が落ち着くのも待たず、バイブを引き抜いたばかりのそこに、猛り勃った高杉の肉棒がズップリと突き入れられた。
「くっ…」
先ほど挿入した器具にたっぷりとジェルを塗っておいたので抵抗なく挿入できたものの、狭すぎるその器官に高杉の口からも思わず呻きが零れた。
だがもちろん、その何倍も土方のほうが苦しいわけで、高杉は迷うことなく最奥を一気に突き上げた。
「なっ、あああっ!?」
狙いすましたかのように、前立腺を直撃されたらしい。
今度こそ紛れもない快感、激痛のあまり脳が快楽と錯覚させたのではない、本当の快感に信じられないといったように眼を見開き、中の高杉をぎゅうぎゅうに締め上げた。その自らの締め付けに更に感じてしまい、のたうってしまう悪循環。
仕込む必要がないほど絶妙な土方の反応に、高杉は笑いが止まらない。おそらく気持ちとは裏腹に淫らな身体をしているだろうと想像していたが、正直ここまでとは思っていなかった。
他人と肌を合わせるのが初めて、しかも無理矢理でありながらこの反応は、普通なら到底有り得ない。
「あっ、ふあっ、あっ……」
高杉に突き上げられる度に悩ましい声をあげ、ガクガクと揺さぶられるままに腰を揺らしている土方は、きっと指で戒められていなければもう何度も絶頂に達しているに違いない。
高杉のほうも、予想以上の誘い込むような内襞の蠢きに、そう長いこと保ちそうもなかった。
「達かせて欲しいか?」
苦しげに喘ぐ土方にも意味が理解できるよう、ゆっくりと耳元で囁く。
涙でぐしょぐしょの顔が、小さく、だが何度もコクコクと縦に振られた。
「達かせて欲しかったら、このヤラシー腰振って俺を達かせてみな。上手にできりゃご褒美に達かせてやるぜ」
何を要求されているのか、うまく呑みこめていないらしい土方の腰を掴んで「こんな風にな」と揺さぶってやる。
しばらくして高杉は手を放したが、止めることなく土方は懸命に腰をくねらせた。達かせて欲しい一心からの動きは拙くて、それ故にとてつもなく淫らだった。
「すげェ腰使いだな、オイ。玄人女でもこんな卑猥な廻し方はしねェぜ」
「やっ、アァッ……!」
高杉を達かせるため、というよりは自らが感じるポイントを狙って動いてしまい、その度に悲鳴にも似た嬌声をあげる。
だが、土方が感じる度に、粘膜がきゅうきゅうに絡みつき締め上げるので、結果的に高杉も高められていき――
「くっ……」
最後に一際深く突いて、高杉は土方の最奥へと迸らせた。
「ああああーっ!」
そして、一拍おいて解放された土方もまた、甲高い絶叫をあげて勢いよく精を放ったのであった――



「……また犯して欲しくなったら、いつでも俺のところに来な?」
自力では歩くことはおろか立ち上がることもできなかった土方を送り届けた高杉は、よろよろと車を降りようとする後姿に向かって声をかけた。
「だれ、がっ……」
この期に及んでも虚勢を張る土方は、たまらなく嗜虐心を煽る。
「ハッ。強がるなよ。すぐにカラダが疼いてどうしようもなくなるぜ。ど淫乱な副部長サン」
「っ!!」
怒りと羞恥で真っ赤になった土方は、無言のまま車を降りようとしたが、さらに高杉は一方的な会話を続ける。
「あー、それからな」
まだ弄り足りないのか、とキッ睨むように振り返る。
「ヒトのゆーことなんでも信じるもんじゃないぜ?」
テメーの言うことなんざ誰が信じるか、と言葉にはしなくともキツイ目が雄弁に語っている。
「コーヒーにクスリなんか入ってなかったってことさ」
それがどうした、という表情を読み取った高杉が説明を付け加える。土方をいたぶるためならどこまでも親切に饒舌になる男だった。
「つまり、お前が抵抗しなかったのもヒィヒィ啼きながらイキまくったのも、妖しげなクスリのせいなんかじゃないってことだ」
ようやく意味が理解できた土方がスッと蒼褪めたのを満足げに見やると、高杉は「またな」と言い残して車を発進させた。
走り去るテールランプが見えなくなってもまだ、土方はその場を動けなかった――


◆END◆

桂は翌日この机でお仕事


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