若き新八君の悩み



志村新八、16歳。
難しい年頃の彼のまわりには、ロクな大人がいない。
これぞ侠、と見込んで押しかけ弟子のように師事した坂田銀時は、確かにいざという時の頼もしさは天下一品だが、普段のマダオぶりときたら、やっぱりこれもある意味天下無双。ちょっと誰も太刀打ちできないほどのだらしなさだ。
とても人生全般を見習おうという気持ちにはなれない。
かといって、じゃあ誰をお手本に、と考えても心当たりがまったくいない。
こんなことでは、一体自分はどんな大人になってしまうんだ、と将来に不安を抱いていたところに。
柳生邸で少しだけ話ができた土方に、ちょっとした感銘を受けた。
それまで、新八にとっての土方のイメージは、顔は怖いし乱暴だし横暴だし凶暴だし、でも銀時とくだらないことで張り合っては醜態を晒すダメな大人の一人にすぎなかったのだが。
決してそれだけではない、というか銀時さえ変なちょっかいを出さなければ、人間としても男としてもとても尊敬できる人物だということに、遅まきながら気がついた。
たぶん、銀時よりも先に土方に出会っていたら、新八は彼に近づくために真選組に入隊していたのではないかと思う。そうならなかった現実が少しだけ悔やまれた。
ようやく目標とすべき人物を得られた新八は、機会があるごとに土方の一挙一動を観察するようになった。
そして、知ってしまったのである。
ダメ男代表である銀時と、憧れの対象土方が、恋人同士であることを。
はじめは気のせいだと思った。
自他ともに認める天敵同士だったのに、いつのまにか一緒に飲みに行ったりする仲になったのが気恥ずかしくて、人目を忍んでこっそり会ったりしてるのだろうと思った。
だが目撃してしまったのだ。
神楽が定春を連れて志村家に泊まりにくることになった、あの日。
妙に買っておくように言われたハーゲンダッツを万事屋の冷凍室に忘れてきてしまったのを思い出し、慌てて取りに戻った。
珍しく玄関に鍵がかかっていたが(一応客商売なので、普段は夜寝るとき以外は開けっ放しなのだ)合鍵を持っているので構わず中に入ると、銀時のブーツの他に見慣れない草履があった。
どうやら客が来ているらしいが、事務所に人がいる気配はない。ぴったりと閉じられた襖の奥、和室のほうに2人ともいるようだ。
とすると依頼人ではないのだろう。
だが依頼人であるなしにかかわらず、大抵の来客は応接に通すはずなのに、と不思議に思いつつも、銀時のプライベートにまで立ち入るつもりはないので、アイスを取ったらさっさと退散するつもりだった。しかし。
「アッ…!」
新八にすら明らかにそれと分かる艶めいた声に、思わず硬直する。
だが、まさかあの甲斐性なしに彼女がいるはずもなし、きっと長谷川あたりとAVでも見てるのだろうと思った。
けれど。
和室にはテレビがなかったことを思い出してしまった。
じゃあ、この声は一体――?
いやいや、自分には関係ないから。銀時に彼女がいようが風俗のお姉さんを連れ込んでるんだろうが、新八がとやかく言うことじゃない。
むしろ爛れた大人のくせに、ちゃんと青少年に配慮して新八も神楽も追い出してからコトに及んでるなんて、誉めてやってもいいぐらいだ。
頭ではそう思うのに。
聞こえてきた嬌声のあまりの艶っぽさに、その場を動くことができない。もう一度、さっきの声が聞きたい――
ふらふらと引き寄せられるように襖の前まで来てしまった。
しょうがないだろう。そういうお年頃なんだから。
よくよく耳を凝らせば、微かに布の擦れる音や2人分の荒い息遣いが聞こえる。
「ン… ァ、アァッ……」
チェリーボーイには刺激が強すぎる、その声。
この声の持ち主は一体どんな女性なんだ――
好奇心が抑えきれず、かといって襖を開けて覗く度胸はなく、悶々としていたころに決定的な声が届く。
「ウ、アッ… 銀、時っ……!」
「くっ… 土方っ……」
(ひじかた… 土方… 土方、って、えええーっ!?)
まさか、そんな馬鹿な――と。
ためらいも忘れて、襖を数センチ開けて室内を覗き込んだ新八の目に飛び込んできたのは。
(ひひひ、土方さんんんんん!?)
真選組鬼の副長、あるいは新八憧れの的、土方十四郎その人に、間違いなかった――

以来、この時の光景が新八の脳裏に焼きついて離れない。
普段のドスのきいた声とはまるで違う、甘く掠れた喘ぎ。
いつもの射抜くような鋭い眼光は影を潜め、うっとりと蕩けるような表情。
何かといえばすぐに刀にのびる腕は、しがみつくように銀時の背中に回され。
すぐに蹴りが飛んでくる癖の悪い脚は、悩ましく銀時の腰に絡みついている。
どれほどの時間魅入っていたのかは分からないが、少なくともハーゲンダッツがでろでろに溶けきってしまうほどには、凝視していたらしい。
大きく背を反らせた土方が、銀時の手の中に精を放つのを食い入るように見つめていたところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶が曖昧だ。
きちんと襖は閉めてきただろうかと気にしつつも、それ以上に寝ても醒めても頭から離れない土方のあんな声やそんな姿のほうが、新八としては大問題だった。
何をやっても上の空、ヒマさえあればタメ息の嵐の新八をからかうように、銀時が話しかけてくる。
「オイオイオイ、なに物想いにふけっちゃってんだァ? 生意気に思春期ですか、コノヤロー」
あれ以来、土方はおろか銀時の顔すらまともに見られなくなってしまった新八は「ほっといてください」とソッポを向く。
だが、放っとくつもりのない銀時はニヤニヤと笑いながら勝手に話を続ける。
「言っとくがなァ、いくら土方に欲情してもムダだから。アレ、俺んだから」
「っ!」
その言い様に、新八が覗いていたことに銀時が気づいていたのが分かった。
余裕の所有宣言に、むくむくと反発心がわいてくる。
「…どうですかね。案外、土方さんのほうはなんとも思ってないんじゃないですか?」
実際、何故あの土方が、よりにもよって銀時なんかと(仮にも雇い主をなんか呼ばわりか!by銀時)付き合っているのか理解できない。
ものすごくモテそうなのに(そして本当にモテるという話もたくさん聞くのに)
天人がうようよいるこの時代、性別や国籍に大した意味はなく、別に男同士だからどうこう言うつもりはないけれど。
それでも、どうして銀時なのかが理解できない。
土方だったら他にいくらでも、相応しい相手がいるだろうに。
そりゃあ銀時は侍として尊敬できる部分は確かにあるけれど。
でも新八のような若輩者ならともかく、一本筋の通った自分なりの武士道を貫いている土方にとって、銀時に見習うべき部分はないように思う。
しかも覗き見た限りでは、土方が女役だった。
新八は不思議で不思議でならないのに、銀時ときたら
「そりゃねーな。土方は俺にメロメロだから」
やたらと自信たっぷりなのが癇に障る。
マダオのくせに、なんでこんな自信満々なんだ。
とはいえ、銀時が無駄に自信に溢れているのはいつものことともいえた。迂闊に信じたらえらい目にあうのは熟知している。
土方本人の口から真相を聞くまでは信じないぞ、と心に決めたものの、元々接点はほとんどない遠い存在だ。機会はなかなか訪れなかった。

と思っていたら、チャンスは思いがけずやってきた。
相変わらず姉のストーカーな近藤が、いつものようにお妙にボコボコにされ、真選組に引き取りを依頼したら土方がやってきたのだ。
しかも当の近藤は、お妙が出かけるといきなり復活して後を追っていってしまったので、完全な無駄足になってしまったのである。
2人きりで話ができるこんなチャンス、そうそうない。
まだ仕事が残っているという土方を、わざわざ来てもらったのだからと無理矢理引き止めた。
たぶん新八たちには、いつも近藤が迷惑をかけているという負い目があるのだろう。
不本意そうな顔をしながらも、新八の誘いを強く断ることはなかった。
せっかく土方と2人きりになれたとはいえ、
「どうして銀さんなんかと付き合ってるんですか?」
なんて、そう簡単にできる質問ではない。
もしも。有り得ないと思うけど万が一、本当に土方が銀時を好きなんだとしたら、その相手を「なんか」呼ばわりされたら不愉快だろうし――
どう切り出したものかと考えあぐねていると、そわそわした様子から何かを察してくれたのか
「どうした? 何か俺に言いたいことでもあんのか?」
土方のほうから話を持ちかけてくれた。
土方としては、近藤の所業について苦情の一つも言いたいのだろう、と考えたのであろうが、こういう気配りがさりげなくできるところも、見習うべき点だよなと思いながら、新八は恐る恐る切り出してみた。
「あの… もしぼくの勘違いだったら申し訳ないんですけど… 土方さん、あの、銀さんと付き合って、らっしゃいますよね……?」
「ん? ああ、まあな」
たとえ事実でも土方のことだから、ふざけたこと言うなっ、と怒鳴られるかと思ったのにあっさり肯定されて拍子抜けした。
大人ってこういうものなんだろうか。
「あの… こんなことお聞きするのは、すごく失礼かもとは思うんですが… 銀さんのどこが良くて付き合ってるんですか……?」
土方ほどの男を惹きつける魅力があの男のどこにあるのか、何としても知りたいのだ。
「あ?」
だが、不快そうに眉をしかめられ、慌てて言い募る。
「いえあの、だって、土方さんすごいモテそうなのに、なんでよりによって銀さんなのかなって……」
しまった、よりによってとか言っちゃった、と新八が焦る。
「…あのな。おめーはまだガキだから知らねーかもしんねーが、世の中、たとえば『なんでこんなイイ女が』って言いたくなる女ほど、一見どーしよーもねェ男と付き合ってるもんなんだよ。けどな。俺相手だったから良かったが、それを女に面と向かって『何でだ』って問いただすのは野暮ってェか、絶対にしちゃいけねェ愚問だ。覚えとけ」
「はあ…」
聞いてはいけない質問だと怒られているのだろうか。
釈然としない様子で困惑する新八に、土方はニヤリとひどく男っぽい笑みを見せた。
「大人の付き合いってェのはな、相手の性格や人柄も重要だが、もっと大事なことがあるのさ」
「大事な、こと……」
なんだろう。家柄とか仕事とか収入、とかだったら絶対銀さんは該当しないし――と、疑惑は深まるばかりだ。
「つまりだな。なんでこんなヤツと、って時ァ、その男がアッチのほうが上手いからだと思ってまず間違いねェってこった」
「あっち……?」
あっちってどっちだ?とばかりに、ここまで言われてなおピンとこない新八は、本当に色事に免疫がなかった。
「ま、要するに床上手ってことだ」
「とこ…じょうず……」
口の中で呟いているうちに、だんだん意味が浸透してきた。同時にみるみる顔が赤くなっていくのを、さも楽しそうにくすくす笑いながら土方が眺めている。
「ヤツぁセックスが上手い。ついでに俺とは身体の相性もいい。そういうコトだ」
それってつまり、銀時を好きとかそういうのとは違うのか、とは思ったが、さすがに確認するのは憚られた。
そのかわり
「じゃあ、もしぼくが銀さんよりもヨかったら、ぼくと付き合ってくれますか……?」
「あァ?」
さすがにこれには、土方も驚いたようだ。
「チェリーのくせにヤツより上手くできるつもりなのか?」
事実その通りなのだが、さも呆れたという口ぶりについムキになってしまう。
「そりゃあテクニックは到底かなわないでしょうけど、もしかしたら相性はずっといいかもしれないじゃないですかっ」
懸命に言い募る必死の形相が気に入ったのか、土方は表情を和らげた。
「…面白ェ。そこまで言うならいいぜ。やってみろ」
やってみろ、って、え――?
それって、それって、ヤってもいい、って意味ですか――?
ホントに――?
ホントに、あの土方さんを、このぼくが――!?
言葉も出せず、新八はひたすら口をパクパクさせるばかりだった。

「それじゃ、あの… よろしくお願いします」
まさか土方を自分の部屋に招く日が来ようとは、夢には思ったけれど。妄想はもう腐るほどしたけれど。
本当にそんな日が来るなんて夢のようだ。
しかも、部屋に来てくれただけじゃない。
これから新八の布団の上でエッチするのだ。
想像しただけで目眩がしてくる。
正座して深々とお願いの挨拶はしたものの(まるでドラマとかで見る新婚初夜のようだ)これからどうしたらいいのか。キス、とかしてもいいんだろうか。
銀時と土方の情事を盗み見てしまってからずっと、色々調べたり研究してきたが、いざ実践となったら頭は真っ白だ。
今さらながら、こんなんでよく銀時と張り合おうなんて気持ちになったものだ。モタモタしてたら土方の気が変わってしまうかもしれない。
「あああ、あのっ… キスっ、してもいいですか……?」
瞳孔の開いた瞳を見つめながら思い切って言ってはみたものの、だんだん語尾が消え入るように小さくなってしまった。
「んむっ…?」
もじもじと躊躇っていると、土方のほうから接吻けてきてくれて新八は目を白黒させる。
新八、ロストファーストキスの記念すべき瞬間だった。
(柔らかい… 土方さんの舌がぼくの口の中に… 気持ちいい… これがキス……)
天にも昇る気持ちとは、まさにこういう状態をいうのだろう。だが。
(うっとりしてるだけじゃダメだ… 次は、ええと… そうだ。キスをしながら服を脱がせるんだ)
幸い土方は、私服の着流しスタイルだ。これなら帯を解くだけで脱がせられる。良かった。もしいつもの制服だったら、とてもじゃないけど脱がせられない気がする。
帯の結び目を解き、袷がはらりとはだけ、艶やかな肌があらわになる。
(うわ、白い… それにすっごいスベスベ… 男の人なのに……)
さすがに鍛え上げられた筋肉に覆われてはいるものの、それでも大人の男という感じがしない。
「土方さん… キレイです」
白い肌の上、そこだけやたらと目立つ薄紅い胸の飾りを指先で触れたら
「ふっ…」
土方が微かに眉を寄せ、甘い声が鼻から抜けた。
くにくにといじっていると、徐々に色が濃くなり、硬く尖ってくる。
(土方さん、胸弱いんだ… なんかカワイイ……)
ぷっくりと勃ち上がった乳首が無性に美味しそうで、思わずぺろりと舐め上げてみると
「ンンッ」
悶えるように躯をよじるのが、たまらなく悩ましい。そして、感じてくれているのだと思うと、とても嬉しい。
「土方さん… 気持ち、いいですか…?」
ちらり、と潤んだ瞳の流し目が壮絶に色っぽい。だが。
「…まあまあだな」
すっかり充血してビンビンに乳首尖らせているくせに。頬だって紅潮してるし、誘うように瞳を揺らめかせているくせに。
それでもそんな強がりを言う土方に、プツリと神経のどこかが切れる音がした。
夢中で土方にむしゃぶりついてから後のことは、ほとんど覚えていない。
手荒なことはしなかったと思う。密かに用意していたワセリンとコンドームもちゃんと使った気がする。
あと、かろうじておぼろげに記憶にあるのは、達く時の土方の顔と声だ。もう、この先一生誰ともセックスできなかったとしても、生涯オカズには不自由しないと思えるほどめちゃめちゃ色っぽかった。
ちゃんと土方を達かせることができて、ようやく少しずつ理性が戻ってくる。
「あの… どうでしたか…?」
終わった後でこんなことを訊ねるのはマナー違反だろうか。でも気になるし、と怖々お伺いをたてた新八に、いかにも情事の後といった気だるげな仕草で煙草を吸っていた土方がふっと煙を吹きかける。
「あ?そうだな… ま、あと10年修行積んで出直して来い、ってとこか」
――それってちょっとヒドくないか。土方だって、最中は結構あんあん言って善がってた気がするのに、終わった途端にこれかよ、と。
ものすごーくガッカリしたが、まあ現実なんてこんなもんだろう。
「すっげェ悦かった。銀時なんかよりオマエのほうが断然イイ。これからはオマエが俺を抱いてくれ」
なんて。
そんな都合のいいこと、あるわけない。
犯らせてもらえただけでも奇跡のようなものなのだから、ここで文句を言うのは筋違いだ。
それに、今の口ぶりだと、新八が修行を積んでテクニックを磨いたらまた付き合ってくれるという意味にも取れる。だったら、10年といわず一日でも早く究極の床上手になるべく、努力あるのみだ。
「あの、もう一つずっと気になってることがあるんですけど、お聞きしてもいいですか…?」
「なんだ?」
この際、気がかりはすべて解消してしまいたい。
「えと、その、なんて言いますか… 土方さん、カッコイイのに、どうして、その… そっち側っていうか、あの、受け入れる側を引き受けてるんですか……?」
本人に向かって「女役」だの「抱かれる側」だのと言うのはいけない気がして、表現に苦慮した。不本意なのに銀時に無理矢理――とかだったらどうしよう、と焦る新八に対し、土方は平然としている。
「…じゃ逆に聞くが、お前は万事屋のヤローをどうこうしたいと思うか?」
「思いません」
キッパリ即答だ。銀時に限らず、男なんて土方以外は一切御免こうむりたい。
でもこれじゃ答えになっていない。銀時とセックスすることが前提になってる時点でおかしい。
不満が表情にあらわれていたのだろう。悪戯っぽく笑う土方はとても可愛らしかった。
「ま、一言で言やァ、こっちのが気持ちいいからだ」
「はあ……」
確かに、その筋の人々の話によると(って、本で読んだだけだが)男同士で受け身の場合、ツボにはまればこの世のものとは思えない快楽を味わえるらしいが。
「それに、考えてもみろよ。あのクソ生意気な万事屋のヤローが、俺を気持ちよくさせようと必死こいて奉仕すんだぞ? 気分いいに決まってんじゃねェか」
「なるほど……」
ものは考えようということか。受け身だの女役だのと思えば屈辱だが、奉仕させてると考えれば優位に立った気がするだろう。
「わかりました。それじゃあの、絶対修行して出直してきますんで、その時はまたよろしくお願いします!」
ペコリ、と頭を下げる新八の本気をどこまで分かってくれているのかは疑問だったが。
「……ああ。楽しみにしてる」
おととい来い、なんて言われなかっただけで今は御の字だ。
じゃあな、と帰って行く土方の背中を見送りながら、あらためて再戦を固く誓った新八であった。
中途半端に熱を煽られた土方が、その足で万事屋に向かっているとも知らずに。


◆END◆

ちょっとオトナぶりたかった土方


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