副長流出 前篇 |
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現在真選組が総力をあげて取り組んでいるのは、近頃頻発している幕府要人子女の誘拐事件である。 誘拐――だと思う。 家出をする理由は見当たらないし、現金や身の回りの品を持ち出した形跡もない。そして、彼らプロが調べても痕跡を残さず忽然と姿を消すなど、素人の自主的失踪ではあり得ない。 だが、誘拐にしては何の要求も声明ないのが妙だ。 最初は警察沙汰にすると人質に危害が及ぶことを恐れて(特に荒っぽいことで有名な真選組が介入したのでは、無事に帰るものも戻らなくなりそうだ)関係者が口を噤んでいるのかと思ったが、どうやら本当に何一つ犯人から連絡がないらしい。 被害者の共通項は幕府要人の縁者であること。年齢が10代半ば〜20代前半の若者であること。それ以外何も繋がりがなく無差別かと思われたが、事件との関係性はまだ不明だったが、全員が整った容貌で評判の者ばかりという点も共通していた。 そしてその線で調べていくと、どうやら行方不明になっているのは要人の子女ばかりではなく、一般市民にも多数の被害者がいるらしいことが分かった。 見目良い若者ばかりが次々と行方不明になる中、総力をあげて捜査しているにもかかわらず手掛かり一つ掴めない真選組への風当たりは日増しに強くなる一方だった。 隊士たちの疲労と焦燥感もピークに達している。 「今夜はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってくれ」 夕食の後、最も疲れているはずの土方からそう労われ、隊士たちは感激に胸を震わせる。 普段は些細なことで怒鳴り散らしたり、理不尽な暴力を揮う土方だが、本当にキツイ時には率先して事に当たり、決して下の者に無理を強いることはない。 今も、隊士たちには休むように言いながら、本人は徹夜で捜査を続け計画の見直しを図るのだろう。そしてそれを当然だと思っている。 だからこそ隊士たちは、世間から何と謗られようと事件解決のため全力で取り組むのだ。土方の気持ちに報いたい一心で。 日頃何かと土方に絡む総悟とて、その気持ちは同じなのである。ただ表現の仕方が屈折しているだけだ。 だから、屯所が寝静まった頃を見計らって、総悟は副長室を訪れた。 「土方さん」 「……総悟か」 「入りやすよ」 返事を待たず襖を開けると、するりと室内に忍び入る。 「……ひでェ顔色でさァ。アンタが一番休息が必要なんじゃないですかィ」 心配しているようで、この後「なんなら俺が永眠させてあげますぜィ」と続くのが、総悟が総悟たるゆえんである。 しかし土方のほうには、いつものように叫び返す気力はなく、 「ああ… これが片付いたらな……」 張り合いがないこと夥しい。 肩を竦めると総悟は、茶化すのはやめて本題に入ることにした。 「土方さん、ちょっとコイツを見てくだせェ」 土方の前に持っていたコンビニ袋を置いた。 差し入れか――?と思いながら緩慢な動作で中を覗いた土方のこめかみに、ピキッと青筋が立つ。 「総悟…てめェ… ふざけてる場合じゃねェだろうが……!」 先程よりはよほど力はあったが、寝不足と煙草の吸いすぎとコーヒーの飲みすぎでガラガラに掠れた声で、土方が凄んだのも道理。 袋の中身は、数本のアダルトDVDだったからだ。 ふざけていると思うのも仕方ないだろう。 「土方さん。アンタの目は節穴ですかィ。無駄に瞳孔広げてないで、しっかりそいつを見てくだせェよ」 馬鹿にした口調で言われ、渋々土方が中身を取り出した。 安っぽく粗雑な作りのパッケージ、そして完全に無修正のジャケット写真から、明らかに違法なウラモノだと分かる。だが今は裏ビデオの摘発などしている場合ではない。 なんだっつーんだ、ったく―― 口の中でボヤいていた土方が、あることに気づいてガバッと身を乗り出し、もう一度全てのパッケージを、今度は熱心にじっくりと観察する。 「おい…… 総悟。こいつぁ……!」 声に興奮が滲んでいる。 「やっと気がつきましたかィ。ったく、ニブいにもほどがありまさァ。もうモーロクしちまったんじゃないですか」 さっさと俺に副長の座を譲って引退しなせェ、という憎まれ口も今は全く気にならない。 初めての重要な手掛かりに、疲れも眠気も吹き飛んだ。 「お前、中見たか?」 「見ましたぜィ。胸糞が悪くなりやした」 「間違いないか?」 「十中八、九当たりだと思いやすがね」 「……わかった」 頷きながら、土方はディスクを1枚取り出した。 「…これから観るんですかィ?」 「? ああ」 自分の目でも確かめなければ話にならないだろう、何を分かりきったことを聞くんだ、という表情でちらりと総悟を見やったが、土方の意識は完全にDVDに向かっている。 「俺も見物してていいですかィ?」 「構わねェが… おめェはもう見たんだろう?」 そんな暇があったら休んだらどうだ、と至極真っ当なことを言いかけた土方を総悟が遮る。 「いや、裏ビデオに見入る土方さんを見物できる機会なんざ滅多にないかと思いやしてね」 「〜〜ッ! とっとと部屋帰って寝ろっ!」 怒鳴りつけたものの、結局明け方まで2人並んでのAV鑑賞会となった。 翌朝。全隊士を集めての捜査会議。 「――今説明したように、行方不明者のうち数名が、アダルトビデオへの出演が確認された。これらはいずれも、極めて悪質な非合法作品であり、被害者は本人の意思に関係なく強制的に出演させられたものと推察される」 総悟が持ってきたDVDはどれも、吐き気がするほど凄惨な内容だった。 演技ではない、明らかに現実と分かる手酷い暴力。 人権も人格も無視されて、ただ玩具のように蹂躙される被害者たち。 これで、身分を問わず容姿の優れた若者ばかりが攫われた理由も納得できた。 身代金や政治的要求が一切なかった訳も。 それにしても総悟は、一体どこでこんなものを見つけてきたのだ。 煉獄関の時といい、警察官とはいえ仮にも未成年が、普段どんな生活を送っているのだか、怪しいにもほどがある。 「確証はないが、他の行方不明者たちも同様の被害に遭っている可能性が高い。1番隊2番隊は、他にも出演させられてる被害者の有無を確認。3・4番隊は、ビデオに映っている犯人グループの割り出し。5・6番隊は撮影場所の特定。7・8番隊は販売ルートの摘発。9・10番隊は引き続き行方不明者の足取りを追え。各隊の捜査状況によって、今後大きく指示内容が変わる可能性があるからそのつもりでいろ。……内容が内容だけに、被害者が無事だった場合を考えて、人権にはくれぐれも配慮するように。特にマスコミには絶対に嗅ぎつけられるな。まだ何も手掛かりは掴めていないで押し通せ。以上だ。何か質問は?」 いくつか質疑を交わして細かい点を確かめ、隊士たちはそれぞれの任務へと散っていった。 いつになく真剣で気合が入っている。普通なら仕事でアダルトビデオが見れると浮かれそうな連中だったが、さすがにそんな状況ではないと理解できているようだ。 捜査の方向が絞れたせいか、それまでの停滞ぶりが嘘のように次々と情報が集まってきた。 まず、推測通り行方不明者の大部分がウラビデオに出演させられていたこと。 その後の被害者の消息は掴めていないが、早い時期に攫われた中には2本目のビデオを撮られた者もいることから、どこかに監禁されている可能性が高いこと。 一般市民のみならず、幕府要人の身内をも毒牙にかけていることから、背後には天人が絡んだ大規模な犯罪組織がいるらしいこと。 また、実行犯とおぼしき人物、撮影に携わったと思われる容疑者が幾人か割り出された。 撮影現場と断定された場所も何箇所か判明し、犯人グループが被害者に接触する方法なども分かった。 数少ない目撃情報から、被害者はモデルやアイドルにならないかといったスカウトを受けていたようだ。中には自分から芸能人になりたいと訪れた者もいたようで、タレント事務所を隠れ蓑にしているらしい。 言葉巧みに被害者を騙してアダルトビデオを撮影し、その後どこかへ監禁していると思われた。 ここまで分かれば、あとは一つ一つ証拠を固めていくだけだ。 そして―― 「おい……」 およそ似つかわしくない情けない声を出して、土方は総悟と山崎を交互に見やった。 「なあ、おい… これ、マジか……?」 「何言ってんですかィ。土方さんが自分から囮になるって言い出したんですぜ」 「いや、そーなんだけど、そーじゃなくてだな……」 不安げに視線をさまよわせる土方など、そうそうお目にかかれるものではない。色んな意味で貴重なものが見られた、と山崎が瞠目する。 「あー、でもそのオドオドした感じがいいかもしれやせんぜ。5つは若く見えまさァ」 「だれがオドオドだッ!」 「オドオドでなきゃァ、ビクビクでさァ」 多少は自覚があるのだろう。悔しそうに口ごもって反論できない土方など、本当に珍しい。 だが、それも無理はないだろう、と密かに山崎は土方に同情する。 芸能人に憧れる軽薄な若者のフリをして組織の内部に入り込んで探ることになったものの、スカウトに目をつけられそうな外見の持ち主など、真選組には土方か総悟しかいない。 本当なら総悟のほうが年齢的にもルックス的にも囮に最適なのだが、性格に難がありすぎる。 今回の任務における最優先事項は人質の無事救出だ。 何を見ても聞いても、どんな目にあっても、人質の安全を最優先できるかという点が非常に不安なのだ(というか、本人が、そんな気はさらさらないと断言してしまっている) そうなると、残るは土方しかいないわけだが、ネックは年齢だ。 いや、実年齢はギリギリ連中のターゲット内のはずなのだが、尊大な態度が土方を実際以上の歳に見せてしまっているのである(土方自身、若輩者と侮られないよう、普段から年齢以上に見られようとしているし) ならば、今風の若者ファッションに身を包み、態度をしおらしくすれば歳相応に見えるのではないか、ということになったのだが。 「オイ… ホントにこんなんが流行ってるのか……?」 心細そうに気持ち上目遣いで見つめてくる土方は、予想以上に幼い印象になり護ってあげたいような苛めてみたいような、なんとも落ち着かない気分で山崎はドギマギした。 「アンタの目ァ、ほんと節穴ですねェ。パトロール中にそんなカッコしたガキをいくらでも見てんでしょうが」 「そ、うだったか……?」 そう言われると自信がない。あくまで不審者を見つけ出すために巡回してるのであって、流行のファッションになどこれっぽっちも関心がないからだ。 だが言われてみれば、以前見た松平栗子の元彼が、似たようなチャラついた格好をしていたような気がしなくもないが―― でもやっぱり、何か違うような気がする。 「ったく土方さんはワガママで困りまさァ。せっかくこの俺がコーディネートしてやったってェのに」 お前の見立てだからなおさら不安なんだろうがっ、と口には出さなかったが土方の全身が叫んでいる。 山崎はどちらの言い分もそれなりに正しいので口を挟めず、さりげなさを装いながらその実うっとりと土方に見蕩れていた。 正直、これほど似合うとは思わなかった。 服やアクセサリーを買い込んできたのは山崎だが、コーディネートした総悟のセンスもさることながら(総悟には珍しく、悪ふざけもせずマトモに選んでいた)やはり素材がいいのだろう。身の置き所がなさそうな、ぎこちない着こなしでもここまでサマになってしまうのだから凄い。ちょっと余人には真似できないだろう。 「しょーがないですねィ。…ほら、これをご覧なせェ」 溜息とともに総悟が取り出したのはとあるファッション誌の最新号。巻頭の数ページをぱらぱらと捲ってみせ 「今土方さんが着てるのと大差ないでしょうが」 「あ? ああ、そうだな……」 首を傾げて雑誌を覗き込んだ土方が、しぶしぶ頷いている。 (ええええーっ!? 納得しちゃったよ、この人ォォォ!!!) だってファッション誌だよ!? 相手トップモデルだよ!? フツー、雑誌に載ってるまんまのカッコで町なんか歩かないでしょーがっ。てか、写真より明らかにアンタのが派手でしょーがっ。 軽くパニックになりながら、けれど雑誌に載っているモデルより土方のほうが断然格好良いのが現実だ。 (恐るべし、土方十四郎……) 常々、おっかないけど綺麗でカッコイイとは思っていたが、よもやこれほどとは。 ひたすら感心する山崎をよそに、最後の仕上げで総悟がワックスを使って土方の髪をセットしている。土方のほうが背が高いため、畳に座って総悟のなすがままに身を任せているのが、なんとも倒錯的な眺めだった。 「…さ、できやしたぜ」 「ああ…… すまねェな…………」 慣れない整髪料が気持ち悪いのか、土方はしきりに髪を気にしている。 「洗えば落ちるんだから我慢なせェ。…せっかく俺が、完璧に外面を作ってやったんだ。ボロ出さねェでくださいよ」 諦めたのか覚悟を決めたのか、一つ大きく息を吐き出すと土方は立ち上がった。 「……しょーがねェ。行くぞ、山崎」 ――山崎はこれから連絡係兼土方の引き立て役として、犯人グループが被害者選びに使用していると思われるかぶき町のクラブに赴くことになっているのであった。 まさかクラブまでパトカーで乗りつけるわけにもいかず、途中までタクシーを利用し残りは徒歩で目的地に向かったのだが。 土方の目立ちぶりは凄まじかった。 老若男女を問わず、道行く人々が皆、足を止めて振り返る(町中に限らず、屯所の中ですでに、土方の顔を見慣れているはずの隊士たちですらポカンと口を開けて見蕩れていた) あまりにも見られるものだから、さしもの他者の視線に疎い土方も 「おい…… やっぱりこのカッコ、おかしいんじゃねェか?」 などと小声で山崎に問いかけてきたりした。 (すげーよ… ここまで自分を分かってないって、もう才能だよ……!) もし山崎が、土方のルックスを持って生まれてきていたら、全然違う人生を歩んでいたと思う。 だが、こんなにも無自覚だからこそ土方は魅力的なのではないかという気もした。 「違いますよ。みんな、口開けてぽーっと見蕩れてるじゃないですか。副…土方さんがカッコイイからですよ」 山崎の贔屓目なんかじゃない証拠に 「キ、キミッ。モデルとか興味ないかなっ!? 俳優でも歌手でもいいよっ!」 ただ歩いてるだなのに、ひっきりなしに芸能スカウトが名刺を持って土方に詰め寄ってきた。 あるいは 「ねえ、君… ウチの店で働いてみない? 君ならすぐにナンバーワン間違いなしだよ」 ホストクラブの勧誘だったり。 「ちょっと、オニーサン、カワイイわねえ。どーお? ウチのお店来ない〜? 綺麗な着物とかドレスがいっぱいあるわよ〜」 オカマバーにまで誘われたりと。 本来ならそんな勧誘はすべて蹴散らして歩くであろう土方だったが、どこに敵の手の者が潜んでいるか分からない今は、怒鳴りつけも睨みつけもせず、大人しく全ての名刺を受け取り、気が向いたら後日連絡する、などと答えていた。 土方が受け取った名刺はそのまま「持ってろ」と山崎に回ってくるのだが、中には超大手芸能プロダクションや有名モデルクラブのものも混ざっていたりして、しみじみ呆れるやら感心するやら。 ようやく目的地のクラブに着いた頃には、山崎のポケットは名刺で膨れ上がっていた。 「……ここです」 流行に聡い若者の間で、今一番人気があるという店だけあって、入り口付近からすでに自己顕示欲の強そうな着飾った男女で溢れている。 けれどその中にあって、やはり土方は別格だった。 「入るぞ」 山崎一人なら気後れしてしまいそうな雰囲気にも、まるで頓着せず土方は落ち着いた足取りで入り口に向かう。 完全に仕事モードに入ったようであった。 さっきまでの心もとなげな様子は消え、己の魅力を信じて疑わず自信に満ち溢れ堂々としているように見える。 こういうところが、この人の凄いところだ、と山崎は思う。 根は不器用な人なのに、仕事となれば別人にもなりきれる。囮ということは、ヘタをしたらあのビデオの中の被害者たちと同じ目に遭うかもしれないのに、微塵も怯えていない。 性格に難があるから、と総悟をこの任務から外したのだが、本当は危険だから。総悟に、というか部下をそんな目に遭わせるわけにはいかないから土方が引き受けたのだということぐらい皆分かっている。 土方の認識ではきっと、せいぜい十人並みよりちょっとマシ、程度にしか自分の顔を把握してないはずだ。芸能人でもない限り、男の顔の美醜に価値などないと思っていることだろう。 と同時に、己の貞操など任務遂行の前には露ほどの価値もないと考えているはずだ。 土方はとうに覚悟を決めている。だからこそ隊士たちは絶対に彼を護りたいと、血眼になって捜査を進めているのだ。 ――けれども。 心底護りたい、というのは何ら偽りのない本当の気持ちだったけれども。 土方の陵辱シーンを想像しては鼻血を噴き出す隊士が続出したのもまた事実であった。 捜査資料としてビデオを検証していた最初の頃は、激しい憤りと胸糞悪さを感じていた彼らであったが、土方が囮として犯人グループに接触することが決まってから様子が一変した。 無意識のうちに被害者を土方に置き換えて見てしまい、前屈みで厠に駆け込む者が後を絶たない。敵の手に落ちたら土方がどんな目に遭うのか、なまじリアルに想像できてしまうだけに、その威力は半端ではなかった。 何本も見ていれば、多少のパターンが読めてくる。たとえば、被害者の美貌と陵辱の度合いは反比例するらしいということ。 このあたりの理由は、通常のアダルトビデオと同じなのだろう。 美しい者はそれだけで一見の価値があるが、それほどでもない者は内容をハードにするなどして付加価値が必要だ。でなければ、商品にならない。 土方のルックスは間違いなく最高クラスなので、ひどく抵抗したり暴れたりさえしなければ、少なくとも最初のうちはそう惨い目には遭わされないと思われる。おそらく、肉体よりもむしろ精神的に辱められるに違いない。 プライドを穢され、羞恥と屈辱に耐えて啼き悶える土方、という妄想は、隊士たちの股間をとてつもなく刺激する。 絶対に護りますから。絶対に絶対に助けに行きますから。 だからどうか、想像することだけは赦してください、副長――! 鼻血にまみれ、股間をいきり勃たせながら、心の中で土方に土下座する隊士たちであった。 店内に入っても、土方はやはり人目を引いた。 あまり目立ちすぎると、却って犯人グループが接触しにくいのではないかという気もしたが、多少の危険を冒すことになってもこれほどの上玉を逃しはないだろう。 さりげなさを装いながら周囲の様子を窺ってみたが、薄暗い店内は人が多すぎて、怪しい人間がいるかどうか、すぐには分からなかった。 しばらく店内に留まり、敵からの接触を待つしかないだろう。 だがそれには、男2人というのは不自然だ。適当な2人連れの女性に声をかけて同席してもらおうかと、今度はそういう意味で客を見渡す。あまり美人だと土方ともども敵に目をつけられてしまうかもしれないので、地味めのコのほうがいい。 「右斜め前。観葉植物の横。赤と紫の後ろ」 ちょうど良さげな人物を見つけたらしい土方が囁いた。 言われたほうを見た山崎が、なるほど、と感心する。 普通にナンパするなら、手前にいる、土方いわく「赤と紫」の服を着たほうだろう。結構な美人でスタイルもいい。本人たちも自信があるのだろう。土方がそちらに視線を向けると、しきりにモーションをかけてきている。 だが、その後ろにいるのは彼女たちに比べて大分おとなしめだ。といって人並み外れて不細工というわけでもない(あまり不器量だと、何故土方ほどのハンサムが…と、さらに無駄に悪目立ちしてしまいかねなかった) 土方の意を受け、山崎が声をかけようと一歩踏み出しかけたのだが。 ちらりと投げられた土方の視線に吸い寄せられるように、彼女たちのほうから近寄ってきた。 恐るべし、土方眼光線。 (この人、絶対職業間違えたよ……) 視線一つでいくらでも女をオトせるのに、何が哀しくて斬った張ったの毎日を送っているのだ。宝の持ち腐れとは、まさにこういうことを言うのだろう。 4人でテーブルを囲んでも、喋るのはもっぱら山崎と女性たちで、土方はろくに相槌も打たない。 それでも、たまに2言3言口をきき、唇の端にうっすら微笑を浮かべるだけで、彼女たちは大満足なようだった。 「……!」 店中から嫉妬と羨望と憧憬の視線の集中砲火を浴びていた土方の首筋が、ちりりと刺激を感じた。まるで値踏みでもしているかのような、冷たく刺すような、明らかに他とは異質な複数の視線。 何も気づいていないフリでしばらく観察されていたが、視線はぴったりと張りついたままだ。犯人グループかどうかはともかく、何らかの邪な目的を持って土方を見つめているのは確かなようである。 テーブルの下で山崎に合図を送り、土方は席を立った。 (…来たな) レストルームでぼんやり煙草をふかしていると、明らかに身のこなしが素人ではない男が一人、入ってきた。 (いきなり大当たりだぜ) とある社長令嬢を集団輪姦していたケダモノ連中の中にあった顔に間違いない。初日から本命が釣れるとはツイている。 許されるなら今すぐこの場で斬り捨ててやりたい衝動を押し殺し、興味なさげな一瞥をくれた。 「オニーサン、タイクツそうだねえ」 目が合ったことで、男が馴れ馴れしく土方に近づいてくる。 「……ナンパとスカウトなら間に合ってる」 「あっはっは。こいつは手厳しいなあ」 耳障りなわざとらしい笑い声をあげながら、男は土方の肩に手をかけた。ジロリとその手を睨みつけても、全く動じていない。 興味がない、という態度は崩さないまま、しかし男を追い払うことも立ち去ることもしない土方に、脈ありとみたのか。美辞麗句を並べ立て、次から次へといかにも怪しげな「ウマイ話」とやらをまくし立てる。 (こんな胡散臭い話に引っかかるバカがいるのかよ……) と呆れるが、実際騙される者が後を絶たないから、こうして囮捜査までしているわけである。 はあ。 溜め息を一つつき、興味はないがそんなに言うなら話だけなら聞いてやってもいい、と言って土方は男についていくことを了承したのだった。 |
| ◆つづく◆ 銀さん登場までこぎつけなかったよー(泣) |
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