恋のブロードバンド 前篇 |
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「…な、んだ、これ……」 モニターを見つめて、銀時は茫然と呟いた。 マンガ読み放題につられて始めた漫画喫茶のアルバイト。マンガもいいが、せっかくの機会なのでインターネットなるものもやってみようと、空いていたパソコンに向かった銀時であったが。 インターネットといえばイコール・エロの方程式に従って、様々なアダルトサイトを見て回っていたところ、妙なHPに行き当たってしまった。 どうも攘夷浪士たちの非合法HPらしいのだが、それ自体は特段驚くことでもない。今日び、犯罪組織といえど自前のHPで活動状況を宣伝したり犯行声明を出したりするご時世だ。攘夷党のHPがあったところで何ほどのこともない。確か桂たちも作るとか作ったとか言っていた。 ただ、問題はその内容である。 彼らにとって最大の宿敵が真選組なのは周知の事実。中でも副長である土方に恨みが集中しているのも常識だ。募る敵意をよそに、現実には中々本人に手が出せないことも。 だから、せめて虚構の世界で憂さを晴らそうという気持ちは、情けないとは思うけれど分からなくもない。 ただ殺すだけでは飽きたらず、拷問・虐待の末惨殺したりあるいは真選組を裏切らせ汚名を着せたい、というのも理解できる。 実際、そういう暴力主体のものもなくはないが、大半が土方を陵辱するエロ小説で埋め尽くされているのはどうしたわけか。いや、強姦もれっきとした拷問の一種だとは思うが、泣き叫んで許しを請う土方を入れ代わり立ち代わり輪姦したり、土方がとんでもないドMの変態だったり、身近に本人を知る者としては「おいおい、有り得ねェだろ、そりゃいくらなんでも」とツッコミたくなるものばかりだ。 荒唐無稽すぎて、もはや同姓同名の別人としか思えないのに。 何故か笑い飛ばせない。無視できない。 他の連中はどんな土方に何をしてるのか、気になってたまらず攘夷党リンクを辿って次々とHP巡りをしてしまった。 そして分かったのは、本当にどの党も土方に昏い情欲を抱いているということだった。土方陵辱小説が載ってないHPなど一つもない(桂や高杉たちのところにまであった。書いているのは彼らではないと思いたいが) ところが、更に検索を続けているうち、銀時は同じように土方をエロネタの主人公にしていながら、全く趣の異なるHPを発見した。 それまでの頭も悪けりゃセンスも悪い、金もなけりゃ女にも縁の無さそうな、いかにもアンダーグラウンドなじめっと薄暗いイメージとはうって変わった、明るく華やかな雰囲気のHP。 内容もメルヘンというかファンタジーというか、土方が近藤やら沖田やらと恋人同士でケンカしたりすれ違ったりHしたり、こそばゆくなりそうな小説やイラストやマンガの数々。 最初はあまりのギャップに面食らったが、どうやらこちらは攘夷とは無関係の、一般市民の女性が運営してるHPらしい。テレビや新聞・雑誌などで土方を見て恋心を募らせた結果の産物のようだ。 確かに顔だけ見れば二枚目だし、特に仕事中は男前度もアップしているから、夢見る乙女が憧れる気持ちは分からなくもない。実態を知る銀時としては、少女マンガのイケメンばりに気障で繊細な土方像には涙が出るほど笑わせてもらったが。 しかし分からないのは、何故憧れの対象が近藤や沖田とデキてることになってしまうのかである。普通なら自分と恋人同士になるのを夢見ないか?でなければ、ハーレムみたいに大勢の女を囲ってるとか。 土方以外にマスコミに露出がある真選組メンバーはこの2人ぐらいしかいないから選択肢がないのは分からなくもないが、だからって何でホモ?厚い友情とかじゃないの? 近藤など土方以上にゴリラでストーカーな正体が知られていないせいだろう。包容力溢れるちょっと強引な大人の男として描かれていて大爆笑ものだったり。 一方の沖田は、一見爽やかな美少年で土方以上に女受け(特に若い女に)するかと思いきや、女の勘は結構鋭くてサディスティックな本性をかなり見抜かれている感じだ。部下で年下のはずなのに、土方を翻弄しては啼かせている作品が多い。 ――そう。近藤と沖田、どちらが相手の場合でも常に土方が女役なのである(専門用語で「受」というらしい) あの、マフィアより凶悪な面構えの男を女扱い。 女って本当に分からない、と思いながらも好奇心が勝って読み始めた銀時であるが、独特の比喩表現を多用した婉曲な言い回しに、はじめのうちは「?」だらけだった。花芯だの花弁だの蕾だの花蕾だの蜜だの、やたら花に喩えるのは女ならではというか。 しかし慣れると段々意味が分かってくる。すると、銀時ですら思わず赤面してしまうほど卑猥なものも相当数にのぼることも分かった。 (お、女って……) 今更女に何の夢も理想も持っていない銀時だが、それでも、澄ました顔の下でこんなスケベなことを考えているのかと愕然とする。 何の捻りもなくただ突っ込むだけの即物的な男と違い、手を変え品を変え様々な手段を用いて土方を責め立てる様はいっそ見事だ。特に言葉責めなど、さすが言語能力に優れた生物だと舌を巻いた。 それにしても。 いくら真選組が対テロ組織に特化された機関であり、一般的な犯罪には関わらないとはいえ、いい度胸だと感心する。あの土方を捉まえて「やぁん、だめぇ」だの「恥ずかしいよぉ」だの「はふん、もっとぉ」だの言わせてしまうのだから。 これは一体どこの土方だ、と思う。 万が一本人の目に留まったら、とは考えないのだろうか。 銀時などは想像しただけで背筋に冷たいものが流れるというのに。 土方は絶対に、こんな風に愚弄される(たとえそれが一種の愛情表現だったとしてもだ)のを看過できるタイプではないし、芸能人じゃないのだから「有名税だから仕方ない」などとも考えないだろう。 まさか善良な一般市民、ましてやうら若い女性相手に刀を抜くとも思えないが、それなりの措置は取るだろう。 だが、そのわりに取り締まられてる気配がない。 長いサイトだと、開設してもう1年以上経っているところもあるというのに。 もしかして気づいてないのだろうか。 しかし今時、警察の捜査にインターネットの活用は不可欠だろう。実際あちこちの攘夷党もHPを作っているくらいだし、当の真選組のHPだってあるのだから。 それとも、そういう仕事は部下に任せきりなのか。で、部下は気づいているのだが、土方の雷が怖くて黙っているとか。ありそうな感じだ。 だが、土方は見るからに何事も自分の目で確かめずにはいられないタイプという気がする。部下の報告を鵜呑みにして自分では調べないなんてことがあるだろうか。 ひょっとして凄いメカ音痴で電脳が扱えない、とか? パソコン超初心者の銀時ですら、ちょっと検索しただけでこんなにザクザクと発掘できたのに? ああでも、ネットでアダルトサイト見て興奮してる土方というのはちょっと想像できないし、よもや自分がそんな目に合ってるなんて夢にも思わないだろうから、案外見つからないものなのかもしれない。自分の評判を気にして「土方十四郎」で検索するほどナルシストでもなさそうだし。 もしかしたら攘夷の連中に嬲られてるのは気づいているかもしれないが、元々敵なのだからその程度は仕方がないと(もちろん、いい気はしないだろうが)逮捕殲滅すればいいだけだと開き直っているのだろうか。 あれこれ土方の事情を推測しているうちに、好奇心が抑えきれないほどむくむくと大きくなってきた。 自分がHPを作ったらどうなるだろう。 もちろん、攻は銀時、受が土方で(こんな用語をすっかり覚えてしまった自分はどうよ、という気も若干する銀時であったが) 思い立ってしまったら実行に移さずにはいられなくて、といってHP作成ソフトなんて高価なものを買う金があるはずもなく、ネカフェに置いてあった『ホームページ作成入門』と首っぴきで頑張ってHPを作ってみた。 ハンドルネームはパー子。一応女性ということにしておいたほうが無難だと思ったからだ(もっとも、男性名のHNを使う女性は殊のほか多いので、あまり意味はなかったが) そして、実際に自分で書いてみて分かったのは、物凄く愉しいということ。病みつきになりそうだ。いやもうなっているか。 ケーキよりも甘く、ギャンブルよりも熱く、アルコールよりも銀時を酔わせる「土方受」の魔力。 攘夷の連中、そして腐女子たちの気持ちがよーく分かった。 もともといじり甲斐のあるヤツだと思っていたが、ここまで性欲、というか征服欲を刺激されるとは正直予想外だった。 あの澄ましたツラを屈辱に歪ませてやりたい。あのピンと伸ばした背筋を跪かせてやりたい。あのキツイ光を湛えた瞳を涙でぐちょぐちょにしてやりたい。 あの憎まれ口ばかり機関銃のように飛び出す口から、哀願の言葉をつむがせ、快楽に溺れた喘ぎ声をあげさせるのは、このうえない爽快感だった。 心身ともに強い男だから、ちょっとやそっとの扱いじゃ壊れないのが分かっているので、安心して酷い仕打ちができるのもイイ。 どんな目にあっても魂までは屈服せず、あの眼だけはギラギラと睨み返してくるだろうと思うとゾクゾクする。 そして、そんな土方に「銀時、好きだ……」と言わせる。 想像しただけの時は「キモッ」と鳥肌がたったが、いざ告白のシチュエーションを整えて書いてみたら、その充実感・満足感・達成感ときたらかつて味わったことのない強さで銀時を勝利の美酒に酔わせた。 今では朝から晩まで、いや眠っている間ですら、次はどうやって土方を責めてやろうかとばかり考える毎日だ。そんな時バッタリ本人と出くわしてしまおうものなら、虚構と現実が混ざり合って、ちょっとどころじゃなくヤバイことになりそうになったことも一度や二度じゃない。 日常生活に支障を来たすようになって、さすがにちょっとマズいかも、と思い始めたのだが。何しろ世間では空前の「銀土」ブームが巻き起こっており、その火付け役たる銀時、もといパー子の活動休止が容認される状況ではなくなってしまった。 実際に本人を知る銀時が書く土方はディテールが妙にリアルで(言葉遣いや行動はほとんど本人そのままだし、マヨラーだったりヘビースモーカーだったりお化けギライだったり酒に弱かったり喧嘩っ早かったり涙もろかったり瞳孔が開いてたり意外とスキだらけだったり、といったよくよく本人を観察してみると「本当だ」と気がつくような、ささいなリアルの積み重ねである)その説得力ゆえに、瞬く間に銀土は土方受の最大勢力になってしまったのである。 そして、本物の銀時を見ようと依頼人のフリをして万事屋を訪れる者や、真選組に電話をかけて土方と銀時の関係を確認した勇者まで現れる始末(そして「副長は万事屋の旦那を特別視してますよ」という回答を得たと、嬉々としてブログに書き込んでいた。幹部と一般市民のプライバシーを気安くバラしてしまうのは問題大アリだと思うが、若い女の子に「教えてくださぁい」などとせがまれて断りきれなかったらしい。対テロリスト訓練もいいが、真選組はもう少し女に対する免疫をつける努力もしたほうがいいのではないだろうか) そんなものだから、町中で銀時と土方が立ち話でもしようものなら、どこからともなくピンク色をした邪な視線が絡みついてくる。殺気以外にはとんと疎い土方は気づいていないようだが。 色眼鏡で自分たちを見てる人間がいるのを承知のうえで、銀時がわざと土方の背中を叩いたり肩を抱いたり必要以上に顔を近づけて話しかけたりすると、面白いぐらい空気がざわつくのが分かった。 そしてその日のうちに、ネットでは「今日の銀土」と題してあることないこと広まるのだ。肩に手をかけただけなのに「抱き寄せてた」とか、土方が銀時の胸倉を掴み上げれば「しがみついてた」とか。 そんな過剰反応が愉しくて、銀時はますます土方に絡むようになった。 最初のうちはあからさまに不審がっていた土方も、近頃はすっかり慣れてしまったらしく、よほどのこと(例えばほっぺにチューとか)でもしない限り銀時の好きにさせている。 というかまあ、放置なのだが銀時としては愉しいのでそれでいい。 すっかり新しい世界の扉を開ききり、こんなに充実した毎日は生まれて初めてといって良く、人生って何が起こるか分かったもんじゃないな、まだまだ捨てたもんじゃない、としみじみ感じ入っていたのだが。 貪欲に更なる刺激を求めてしまうのは人間の性なのか。 いいように世間(主に腐女子)を煽るだけでは飽き足らなくなってしまった。 しかし、これより先といったらもう、道は一つしかない。 3分ほど迷った末、銀時は未知の世界への新たな一歩を踏み出すべく、計画を練り始めたのであった。 「土方君」 いつになく真剣な声で呼び止めれば、怪訝そうな白い顔が見返してきた。 最近めっきり放置状態だったので、無視されなかったことで内心ガッツポーズをとる。まずは第一段階クリアだ。 「あのよ… 土方君に折り入って相談があんだけどさ」 申し訳なさそうに、しかし「土方に」の部分をさりげなく強調して持ちかければ、ますます柳眉が顰められる。冗談か否か、判断がつきかねているようだ。 「忙しいとこ、ほんと悪いんだけど。時間ができたらでいいんだけど。俺んトコ来てくんねェかな……?」 土方は答えない。普通なら「なんで俺が」とか「用があるならテメーが来い」とか言って突き放してるはずなのに。 根が優しいというかお人好しだから、目の前に困っている人間がいると、それがたとえ銀時であっても無碍にはできないのだ。 「や、俺が土方ンとこ行ってもいいんだけど、あんまヒトに知られたくねェっつーか、内密にしたいっつーか… ウチも新八と神楽、下のババァかお妙んトコに預けとくからさ」 暗に2人きりで話したいのだと伝える。 「……金なら貸さねェぞ?」 「…違うよ」 クスリ、と力なく笑うと、どうやら本気だと信じてくれたようだ。 かすかに目を伏せて考え込む素振りを見せた。睫毛長いなあ多いなあ、瞼に血管が透けて綺麗だなあ、などと思いながらじっと土方の顔を見つめて返事を待つ。 「長くなりそうか?」 「うん、たぶん……」 「…今晩でいいか?9時、か遅くとも10時には行けると思う」 本当にいいヤツだ、と銀時は思う。夜は夜でデスクワークがあるはずなのに。 「……いいのか?」 「あ?てめェが来いっつったんだろ」 「そうだけど、忙しいだろ…?明日とか明後日でもいいんだぜ?」 お伺いをたてるように上目遣いで見つめてくる銀時に、土方はかすかに戸惑う。いつも土方の都合などお構いなしに勝手放題の銀時に、こうも下手に出られると却って調子が狂うのだろう。 「急ぐんじゃねェのか」 「急ぎっちゃ急ぎ、だけど…」 「じゃしょーがねェだろ。今日でも明日でも同じだ」 時間なんて無理矢理作らない限り暇なんてないんだという意味。それでも多忙を理由に断ったりせず、話を聞こうとしてくれる土方の優しさに笑みがこぼれる。 「…ごめんな。サンキュ」 しおらし過ぎる銀時に、薄気味悪そうにしながらも「…あとでな」と言い残すと、土方は雑踏の中に消えていった。 |
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| ◆つづく◆ 攘夷の人たちはホントにこんなHPを作ってたらイイのに |
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