土方家の肖像 前篇 |
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個人情報の保護だとかプライバシーの尊重だとか、何かと厳しいご時世にあって、家庭訪問を実施しない学校が増えているとかいないとか。 やる気のない教師である銀八としては、そんな面倒くさい行事はなくなってくれても全然構わないどころか大歓迎なのだが、残念なことに今のところ銀魂高校でそのような予定はない。 面倒くさくてたまらない、とは思うがこれも給料のうち、と嫌々受け持ち生徒の各家庭を回った銀八であったが、残り一人となった今日はちょっと違う。 いつもは支給されるなり直ちに糖分とパチンコで浪費してしまうボーナスを、大事に使わずにとっておき、デパートで上等なスーツを購入した。ブランドものにしようか迷ったが、よく知らないのと、教師のくせにブランドものなんか着るチャラついた男に見られかねないと考えてノーブランドの、でも上質なものを選んだ。 もちろんワイシャツもネクタイも靴も新品で、授業中に汚さないよう放課後になってから着替えた。 誰の目にも気合い入りまくりなのが丸分かりである。 何故かといえば、本日クラス最後の家庭訪問先が土方家だからだ。 かなりバレバレではあるが、一応銀八と土方はこっそりお付き合いなどしている。いわゆる恋人同士だ。むろん、躯の関係もある。ありまくりである。ちょっと普通、高校生相手にそこまでヤらないだろう、というぐらいハードなお付き合いである。 生徒たちの間では公然の秘密な関係だが、仮にも担任教師と生徒なので学校側や保護者には隠している。当然、土方の両親にもだ。 しかし銀八としては、土方が卒業したらちゃんと挨拶をして筋を通すつもりでいる。土方本人が嫌がらない限りは。 その際、ご両親に猛反対をされないためには、なんといっても第一印象をできるだけ良くしておく必要があった。 真面目で誠実で有能な、教師としても人間としても信頼できる人物に見られるよう、いじましくも涙ぐましい努力なのである。そんな付け焼き刃でカッコつけたって、内側から滲み出るだらしなさは隠しきれないよ、と生徒の大半は思ったが面白いので敢えて黙っていた。 学校に提出されている書類によると、土方の家族構成は父一人母一人、兄と弟が一人ずつ。5人家族で、土方は3人兄弟の真ん中らしい。 父は警察官僚。母は高級レストランなどのオーナー。5つ上の兄は某国立大学の院生で現在京都で一人暮らし中。4つ下の弟は地元の公立中学で生徒会長。 絵に描いたようなエリート一家で、土方の担任になっていなければ一生縁がなさそうな人々だった。 土方自身も、何故銀魂高校なぞに通ってるのかと不思議になるほど学業は優秀だし、運動神経は抜群だし、性格は非常に短気で喧嘩っ早いものの基本的には真面目で面倒見が良い。ついでに顔も良ければスタイルもいいうえに色気まであるという完璧さだ(さらに付け加えるなら感度も最高である) 輝かしい未来が約束されていたはずなのに、銀八なぞの毒牙にかかってしまって可哀想に、と我がことながら思わずにはいられない。 だからこそ、第一印象が肝心だと思う(聞くところによると、土方の母親は土方そっくりの大層な美人だという話だ。ならばなおさら、良く思われたいではないか) 参考までにと、どんな家族か土方に聞いてみたが「別に? ふつーじゃね?」という返事で、何の目安にもならなかった。普通、と言われても家族というものに縁のなかった銀八には、何が普通なのか分からない。まあ、大抵の人間が自分の家庭は標準だと思っているらしいので、当人には気がつかないものなのだろう。 そこで、あまりアテにはならなそうだと思いつつ、土方とは子供の頃から家族ぐるみの付き合いである近藤と沖田に聞き込みをしてみた。案の定近藤の証言は「みんないい人たちだぞ!」とのことで、やはり聞くだけ無駄であった。 一方沖田は「かなり特殊な家でさァ。ま、せいぜい目ェ回さねェようにするこってすね」などと、大変思わせぶりなことを言いつつ、具体的には何ひとつ教えてくれようとはしない。 昨年土方の担任だった同僚に尋ねても「うん… 特に問題はないと思うよ…」と、歯切れが悪いことおびただしい。 唯一銀八が彼らから聞き出せたのは、土方は家族からかなり溺愛されているらしいということだけだった。 「うげ… ここか……?」 <土方>という立派な表札に見合った豪邸の前で、さしもの何事にも動じない銀八も一瞬怖気づく。書類から推測できた以上に、土方家は名家らしい。 とはいえ、いつまでも門前で躊躇していても始まらない。 咳払いして襟を正し、重厚な門扉の横に取り付けられたインターフォンを押そうと指をのばしたところで、ふとこれだけの豪邸なら応答するのはお手伝いさん的な人かもしれない、という考えが頭をよぎった。もしかして今流行のメイドとか執事とか。 うっかり黒いお仕着せの執事に「坊ちゃま」なんて呼ばれてかしずかれている土方を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。 (お坊ちゃまクンな土方っ! おもしれーっ!) ひょっとして小学生の頃とか坊ちゃん刈りだったりして、などと考え出したら笑いが止まらない。 (いやでも、土方なら坊ちゃまっつーより「若」っつー感じだよな) それは似合いすぎて笑えない。剣道部所属の土方は、そのまま若武者という感じである。 「オイ。てめー、いつまでもそこで何してんだ」 くだらないことを考えて、一人不気味に笑い続けていた銀八は、突然声をかけられてハッと顔をあげた。いつの間にか門から顔を出した土方が、呆れたように銀八を眺めている。 「あれ、土方。よく俺が来てんの分かったな」 「…時間過ぎてっし、さっきからずっとカメラに映ってんぞ」 土方の視線をたどれば、そこにはこちらを向いた防犯カメラ。もしかして銀八の挙動不審は邸内に筒抜けだったのだろうか。 「……もしかしてお待ちかね?」 「ああ」 しまった。第一印象が肝心と思ってたのに、いきなり時間にルーズな男という印象を与えてしまった。痺れを切らしたお母様が土方を迎えに寄越したのかもしれない。 「悪ィ」 慌てて土方の後に続いて門をくぐり、建物までの整えられた庭にも呆れたが、玄関ホールに足を踏み入れてまた仰天した。広い。どこの旅館だここは、と言いたくなるぐらい広い。今にも和服姿の女将が「いらっしゃいませ」と現れそうだが、土方の母上殿は玄関まで銀八を出迎えるつもりはないらしく無人だった。 来客用のスリッパがただ一足、ぽつんと置いてある。 (うわヤベェ。俺、歓迎されてねェ…?) 普段なら気にならないような些細なことがいちいち引っかかるのは、なんだかんだ言いつつ土方に対して真剣だからだ。 当然だが土方は、自分の家なので何の気負いもためらいもなく、銀八を置いてスタスタと奥へと進んでいく。 「ちょ、待って… このスリッパ、俺が履いていいの?」 「? 当たり前ェだろ?」 他に誰が履くんだ、という顔をされたが、もし別の人用を勝手に履いてしまって、なんて図々しいヤツとか思われたらマズイじゃないか。――なんて、まったくもって銀八らしくない杞憂だったが。 ピカピカに磨き上げられた廊下を1分近くも歩いただろうか。 ずらりと並んだ襖の先、一つだけ磨りガラスの埋め込まれた木製の扉を土方が開いた。続いて室内へと入りかけ、今度こそ心底驚いた銀八はその場に立ち尽くす。 純和風建築の邸内において、上品な感じに和洋折衷の応接室にいた人々が、銀八を認めて一斉に立ち上がったのだ。 (なななな、ナニ、この迫力! 眩しい! つか、なんでこんなに!?) 会うのは母親だけだったはずだ。経営するレストランが今日なら休みだから、と。 それなのに。 「坂田さん、ようこそお越しくださいました。はじめまして。十四郎の父です」 「お会いできるのを楽しみにしておりましたわ、坂田さん」 「十四郎の兄です、よろしく」 「こんにちは」 両親に兄弟、土方一家揃い踏みだなんて、全然聞いてない。 仕事はどうした、親父。京都にいるんじゃないのか、兄貴。 たかだか家庭訪問ごときで、なんなのだこの熱烈歓迎(…歓迎、なのか?)ぶりは! しかもやたらキラキラしい。 いや、土方を見ればある程度想像できるというものの、実際恐ろしいまでの美形一家だ。 前評判通り、土方似の母親が素晴らしく美人なのはともかく。 父・兄・弟の男3人衆が、見たこともないようなイケメン軍団だった。土方とはまるで違ったタイプながら、どこのモデルか俳優か、といった二枚目ぶりである。土方以外のヤローの顔なんて、目が3つあろーが口が頭のてっぺについてよーがどうでもいい、と思ってる銀八でもちょっと気後れしてしまいそうだ(もっとも、土方の家族だと思うからこそだが) 「どうぞ、お掛けになってください」 土方父に勧められて、大変座り心地の良い黒革のソファに土方と並んで腰掛ける。 外から家構えを見た時に、きっと和室に通されるだろうと予想し、足が痺れようがどうなろうが、絶対正座を崩さないぞ、と心に誓っていたのだが。予想に反して洋間だったのは嬉しいけれど、なんだろうこの針の筵気分は。 ガラステーブルを挟んで正面に両親。右側に兄。弟は挨拶を済ませて部屋を出て行ったと思ったらすぐに戻ってきて 「どうぞ」 ショートケーキとチョコレートケーキとフルーツタルトが綺麗に盛られた皿と、湯気がもくもくとたっているココアのカップを銀八の前に置くと、左側の席に着いた。 ぐるりと周囲を土方家の人々に囲まれてしまった形だが、銀八の目はテーブルの上に釘付けだった。 「坂田さんは甘いものがお好きだとうかがいましたので。よろしかったら、どうぞ召し上がってください」 「あの、いえ、どうぞ、お構いなく……」 まだ仕事中だから。家庭訪問の時はお茶の一杯もご馳走になっちゃダメだって言われてるから。公務員の、しかも警察幹部ならその辺はよーく承知してるだろうに、まるで普通の客人に対するように土方父はケーキを勧めてきた。 それでも、いくら銀八でも、こんな大事な場面で好物を我慢するぐらいできるのだが。 ――このケーキが、グランド大江戸ホテルのものでさえなかったら。 偶然でないならば、この選択は土方の意見によるものであろう。以前、銀八の部屋に来ていた土方とテレビを見ていた時、たまたま紹介されていたグランド大江戸ホテルのケーキに 「あー… ここのケーキ相当美味いらしいんだよなー。死ぬまでに1回でいいから食ってみてェなァ……」 何気なく呟いた独り言を、土方はしっかり覚えていてくれたことになる。それだけでも踊り出したいぐらい嬉しいのに、ものすごく高価なうえに、1日限定何個しか作られず入手困難な、銀八憧れの幻のケーキが3つも目の前に並んで、食べられるのを待っている。 どうしよう、と迷いをこめてチラリと土方のほうを窺えば 「なに遠慮してんだよ、ガラでもねェ。とっとと食えば?」 およそ家庭訪問中の教師に対するとは思えない口調の土方に、そして父親と兄に重ねて勧められ、意を決して銀八はフォークを手に取った。 「それじゃ、あの、遠慮なく… いただきます」 「ええ、どうぞ」 いつもなら、こんなケーキの1つや2つ、3口もあれば完食するところだが、精一杯ゆっくり行儀よく食べた。 「…うまいか?」 極度の緊張状態にあるとはいえ、極上品はやはり素晴らしく美味だ。問いかけにぶんぶんと大きく頷く銀八に、土方がうっすらと微笑み返した。 「喜んでいただけたようで良かった。…坂田さんは、和菓子のほうはどうですか?」 「はあ、和菓子も大好きです。饅頭とか団子とか、餡子ものが特に目がないです」 という会話から始まって、気がつけば銀八の話ばかりをしている。一人暮らしで家事と仕事の両立は大変だろうとか、出身はどこだとか家族はどうしてるか年齢は、とか。 根掘り葉掘り、という不快感は全くないものの、さすがエリート警察官というべきか。見事な誘導尋問で、気がつけば今までほとんど他人に話したことがない身の上を喋っていて、何かおかしいと思わずにはいられない。 (アレ? なんかコレおかしくね? 家庭訪問て、担任の事情聴取じゃないよね? 生徒の成績とか素行とか進路について話し合ったりするモンだよな? そりゃ、土方は成績にゃ何の問題もねーし、素行もまあ、時々っつーかしょっちゅうっつーかタバコ吸ってんのは知ってっけど、まあ見逃すっつーか、タテマエ優等生だし、進路も警察学校希望って、こりゃ親父さんの影響か? 別に反対する理由もねーし、話すことなんてなんもねーっちゃねーけどよ…) 一応、先日行われた中間試験の結果表やら進路希望調査表などを用意してきたのだが、なかなか軌道修正ができない。そうこうするうちに、とんでもない爆弾が母上殿から落とされた。 「でも安心しましたわ。十四郎のお付き合いしてる方が、こんな立派な方で」 立派? え、どの辺が立派? いやいや、全然立派なんかじゃないです、と言いかけて、もっと重要な点に気づく。 「………………は?」 「実はちょっと心配してましたの。十四郎ったら、高校生になっても、ちっとも恋人を作らなくて。モテないはずはないのに、どこかおかしいんじゃないかしらって、病院に連れて行こうかと迷ってたんですのよ」 いかにもホッとした、という口調の土方母に、土方父もうんうんと頷いている。 「私は近藤君と結ばれるかと思っていたんだが、全然そんな素振りがなくてどうしたものかと心配していたよ」 「そう? 俺は沖田君だと思ってた」 「うん、俺も。あのドSっぷりは絶対十四郎を狙ってるんだと思った」 父の発言に、兄弟が異を唱える。 (ええと、なんだろう、この会話は…………) あまりの突拍子のなさについていけない銀八をよそに、家族の会話は進む。 「それが、ようやく恋人を作ったと思ったら担任の先生だったなんて」 「十四郎って意外と大物食いだったんだな」 もしかしなくても、気のせいじゃなくてバレバレだったりするのだろうか。だからさっきから、大層なおもてなしで銀八についてあれこれ質問されまくりだったのか。 救いと回答を求めて隣を見やったが、話に飽きてしまったのか銀八の個人情報には興味がなかったのか、土方は早々に「ぁふ…」と小さくアクビをもらすとコトンと銀八にもたれて居眠りを始めてしまったまま、一向に目覚める様子がない。 (土方ァ〜〜〜) あどけない寝顔がこんなに哀しく見えたのは初めてだった。恋人をピンチに立たせておいてなんて無邪気な、と思うと小憎らしくも可愛いくて、あとでお仕置きだぞ、なんて愉しくお仕置きメニューを考えている場合ではなくて。 「いつも十四郎が坂田さんのお宅にお邪魔するばっかりで、一度うちにご招待なさいってずっと催促してたんですよ」 直接本人に確かめたことはなかったが、てっきり銀八の部屋に泊まる時は近藤や沖田のところに行くと家族に告げているものとばかり思っていた。事情を知る彼らなら、うまく口裏を合わせてくれているだろうと安心しつつも、密かに、嘘をつかせていることを心苦しく思っていただけに、まさかバカ正直にありのままを伝えていたと知って驚きを禁じえない。 軽く目眩を覚えてこめかみを押さえたら、 「申し訳ない。つい、あれこれ尋ねてしまって、お疲れになりましたか?」 と気遣われてしまった。確かに妙な疲労感にどっぷりと浸っているが。 「いえ、大丈夫です」 と答えたものの、これでようやく放免されるかも、とこっそり胸をなでおろした。 しかし。 「それじゃあ、お夕飯まで十四郎の部屋で寛いでらしてくださいね」 「………………ぇ?」 夕飯までってナニ? え? 帰らせてくれるんじゃないの? 「坂田さんがいらっしゃると聞いて、ウチの店のシェフがぜひ召し上がっていただきたいと張り切ってしまって、朝からずっと仕込みしてるんですよ。お口にあえばいいんですけど」 お母様のおっしゃるウチの店、とはつまり、あの有名なレストランSHINSENのことだろうか。そのシェフが、銀八のために料理を――? 貧乏舌にはカップ麺で十分なんだけど、なんて到底言い出せる雰囲気ではなく、銀八の土方家お泊りは決定事項となった。 |
| ◆つづく◆ 前後に分けるほどのモンじゃないんですが… |
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