プリンセス・エージェンシー 前篇 |
|---|
武装警察真選組の主たる業務は攘夷志士の摘発および殲滅である。 が、悲しいかな所詮寄せ集め集団の下っ端、面倒な雑用を押し付けられることも珍しくなかった。 本日も、今度新しく幕府と外交を結ぶことになった惑星代表との会談の警護を仰せつかり、局長の近藤・副長の土方をはじめ隊士の半数以上が動員されている。 一応天人との外交の場なので攘夷志士に狙われる可能性がないとは言い切れないから、真選組の管轄ではあるのだが。ただ、そういった情報は今のところ入ってきておらず、ここまで大掛かりな警備をする必要はない。要するに、単なる幕府のメンツのための厳重警備である。 大した事件もない時ならばそれも構わないが、先日の伊東の一件による混乱が収まりきっていない今は、こんなことに割く時間も人員も惜しかった。やらなければいけないことが山のように控えているのだ。 というわけで、ただでさえイライラしているところへ、会議場内は禁煙ということで、土方の不機嫌は最高潮に達していた。凶悪な顔で参加者に睨みをきかせる土方と目を合わせないよう、敬遠するようにして外交官たちが席に着く。 そんな刺々しい空気の中、突然何かにビックリしたように足を止めたかと思ったら、ツカツカと目の前までやって来て、じっと土方の顔を見つめてくる天人がいた。奇妙奇天烈な天人が闊歩する中、珍しく外見上は人類とほとんど差異がない彼は、本日の主賓である艶是瑠星の代表だ。 いかに土方とて、相手が天人、それも惑星代表の外交官ときては、ガンをつけられたからといって怒鳴ったり殴ったりはできず、ギロリと睨み返すにとどめる。 それでもまったく怯むことなくジロジロと頭のてっぺんから爪先まで何度も視線を往復させ、じっくり土方を検分した天人は、やがて何やら呟きながら幕僚の一人の元へ歩み寄った。土方のほうをチラチラ見やってはコソコソと話をしている。ヤな感じだ。どうせ目つきが悪いだの態度がでかいだの生意気だのと文句を言っているんだろう。構うものか。ヘラヘラ笑って警備なんてできるか。 半ば開き直るように、尊大な態度を崩さない土方であった。 ところが、彼らはそんな話をしていたのではなかったらしい。 会議の翌日、真選組屯所を幕府からの使者が訪れた。土方に折り入って頼みがあるという。 松平を通さず真選組にでもなく、土方個人に依頼とは非常に珍しい。何事かと思いながら広間に通し、近藤らも同席のうえで話を聞いた。 「えんぜる星…? ああ、昨日の」 耳慣れない惑星名を復唱した土方は、一拍おいてそれが昨日の会談の相手だったと思い出した。なんでもこれは、艶是瑠星大使館を通じての正式な依頼だから、失敗したり断ったりしたら外交問題だから、開戦だから、と脅迫交じりに受諾を迫られる。 元より、幕府からの命とあれば土方に拒否するつもりは毛頭ないが、しつこく念を押されるということは、よほど困難な内容なのだろうか。 「どんな任務でも命令とあれば従うまでです」 言葉は殊勝だが態度は不遜なまま土方が承諾し、使者は半ば同情半ば野次馬的表情で任務の説明を始めた。 艶是瑠星上には複数の国家が存在する。いずれも古来より絶対王政が布かれているのだが、その中でも最古にして最大の国で近々王位の継承が行われるらしい。現王の指名により次期国王はすでに決まっているのだが、お約束のお家騒動で、反対派による妨害工作が後を絶たず、次王の身が危険にさらされているのだという。 そこまで聞いて土方はピンときた。 要するに、その次期国王とやらの警護をしろというのだろう。生意気な地球人の一人や二人、王族の盾になって殺されたところで痛くも痒くもないどころか、むしろめでたいとか考えているに違いない。 もちろん、みすみす思惑通りに殺されてやるつもりもないが、要人警護ならおてのものだ。元より拒否する権利もないが、引き受けるのに抵抗はない。 しかし、そんな土方の予測は外れていた。 「そこで」 ゴホン、とわざとらしく使者が咳払いをする。 「即位式が無事に終わるまで、土方君には王女の身代わりをしてもらう」 「………………は?」 王子の身代わり? 「なんでも君は、艶是瑠星の王女様と瓜二つなんだそうだよ。昨日大使の方が大層驚いていらした」 王子に瓜二つ? てっきり土方の悪口を言ってるんだと思った内緒話は、実は全然違ったらしい。 「こんな大事な時期に王女そっくりの君に会えたのは、きっと神様の思し召しに違いないと喜んでたよ」 「はあ…………」 要するにいわゆる影武者というやつか、と納得する。影武者でもボディガードでも、危険度はさほど違わないだろう。 それにしてもこの使者は、滑舌が悪い。さっきからずっと王子が王女に聞こえる。 「色々と準備もあるので、先方は一刻も早く来て欲しいとおっしゃっている。生活に必要なものは全てあちらで用意してくださるというし、すぐにでも出発してもらいたい」 「……分かりました」 身ひとつで来いって嫁入りかよ、と胸の内で毒づきながら土方は頷いた。 「ああ、ちなみに呼ばれているのは土方君だけなんで、近藤君たちは今まで通り地球で通常任務についてくれたまえ。……では行くぞ」 「って、え、今ですかっ……!?」 すぐとは言われたが、1〜2時間の猶予はあるものと思った。それに、部下を何人か連れて行けるのではないかとも。 だが現実には、不在の間の指示を出しておいたり引継ぎをする余裕もなく、問答無用で土方はターミナルへと連行されてしまったのであった。 ターミナルのロビーで艶是瑠星の天人に引き渡され、土方は本当にたった一人きりで遥か遠い異星へと送り込まれてしまった。まだ正式な国交が結ばれていないため地球の大使館のようなものもなく、宇宙港で待機していた迎えの車で王宮へと直行する。 外見が地球人とほとんど変わらないせいか、生活様式もあまり違わないようで、車窓から見える風景は予想していたほど突飛なものではなかった。 この分なら、そう不便なこともないかもしれないと密かに安堵していたのも束の間。 「なんだ、こりゃァァァァァ!!!!!」 と叫びたいのをぐっと堪え、 「あの…… これ、は…………?」 控えめに問いかけるだけで済ませられた自分は偉い、と土方は我ながら感心した。 影武者として次王様にお目通り願う前にまず身支度を、と女官たちに引き渡され、風呂に入れられて全身を磨かれたところまでは予想の範囲内。幕府でも将軍家の方々の前に罷り越す時は似たようなものだ。 しかし、薄化粧を施されピラピラしたドレスを着せられるに至っては、土方としても黙ってされるがままになってはいられなかった。 「良かったわ。姫様のお衣装が、サイズもぴったり」 「大きな声では言えないけど、姫様よりお肌も綺麗」 いや、そんなことを聞いてるんじゃないのだが。 もしかしてこの星の人間は男でも化粧をしてピラピラした服を着るのかとも思ったが、ここまで来る間に出会った男たちは皆、土方と大差ない服装だった。ならばこれは、王族特有の衣装なのだろうか。 だとすれば仕方がないが、ただでさえ低いテンションがますます下がるのは否めないし、第一こんな格好では動きづらくてしょうがない。 げんなりした表情を隠しきれない土方に構うことなく、きゃらきゃらと楽しげに女官たちは異星からの客を飾り立てていく。 ようやく満足いくまで土方をデコレーションした女官は、仕上げに長い黒髪のウィッグを被せて、別の女官へと土方の身柄をバトンタッチした。 導かれるままに何度も階段を昇ったり降りたり、複雑に曲がりくねった迷路のような宮殿を奥深くへと進む。途中、誰とも行き会わないだけでなく人の気配もほとんど感じられないということは、隠し通路のようなものなのかもしれない。やはり土方の存在は極秘扱いなのだろう。 ようやく目的地に着いたのか「こちらでお待ちを」と、広くはないが豪奢な部屋に通された。 さほど待つまでもなく、数人の従者を従えて次期国王とおぼしき人物がおでましになった。 畏まって最敬礼をとろうとする土方に、楽にするようにと声をかける。思ったより気さくな人らしい。 ゆっくりと顔を上げた土方を見て、感嘆の声があがる。 「まあ。本当にわたくしにそっくりだわ。まるで鏡を見ているみたい」 うっとりとした口調で様々な角度から土方の顔を観察する次王に、従者たちは 「ずいぶん性能のいい鏡だな」 とこっそり思った。確かに顔立ちはよく似ているが、土方のほうが各パーツが整っていてバランスもとれている。色も白いし肌も綺麗だし、鏡というなら修正済みの鏡だろう。 だが、土方にはそんなことはどうでも良かった。 (女…? 女、だよな…? てこたァ聞き間違いじゃなかったってェのか……!) 使者の滑舌が悪かったのでも、聞き間違いでもなく、最初から王女の身代わりを勤めろと言われていたのだ。小さくない衝撃が土方を襲った。 たとえ最初から王女の代理と分かっていたところで土方に拒否権がないのに変わりはないが、それでも少しは心の準備というものができただろうに。 だが、と土方は必死に思考を修正する。 別に土方が女顔と言われわけではない。むしろ、この王女のほうが男顔なんだろう。そもそも天人なんだし、性別による外見差がどれほどあるというのか。 王女のほうでは、自分の影武者が男であることに全く頓着していないようだし。 「それでは、わたくしの代わりをよろしくお願いしますわね」 一歩間違えば、目の前の人間が自分の代わりに生命を落とすかもしれないと分かっているのかいないのか。気楽な口調で代理を頼むと、どこかへ避難するのだろう王女は、護衛たちに囲まれていずこかへと立ち去った。 こうして始まった土方のプリンセス生活だったが、予想をはるかに越えてハードなものであった。 「もっとおしとやかに!」 「もっと優雅に!」 「どすどす歩かない!」 「ドレスの裾は踏まない!」 「そんな睨みきかせてないで、微笑って微笑って!」 王女サマらしく見えるよう、一挙手一投足視線ひとつにまで、それはもう煩く王女の教育係だという人物から教育的指導が飛んでくる。 これまでずっと、ガサツで乱暴な武装警察として鳴らしてきた土方にとって、王族としての立ち居振る舞いを身につけるのは、剣の稽古なんかよりよほど厳しい。 だが、もしニセモノとバレたら即刻処刑されてしまうと言われれば真剣にならざるをえない。ましてや、土方だけでなく本物の王女や関わった人間全てが処分されるとなればなおさらに。即位の日、つまり国民の前に出るまで、もう時間がないのだ。 そしてどうにか多少は王女らしい立ち居振る舞いが様になってきたところで、あっという間に即位式の日がやって来た。 早朝から数時間もかけて、これでもか! というほどゴテゴテと着飾らされるに至り、部下も知り合いも一人もいなくて良かった、と土方は心底思った。こんなみっともない姿、誰にも見られてたまるものか。 本気で見苦しくて恥ずかしい、と信じている土方は、周囲がうっとりと溜め息をついて見蕩れているのも、いつボロが出ないかと心配でならず目が放せないのだと思っている。 (ホントにこんな情けねェナリでパレードとかすんのかよ……) 大多数の国民が見守る中、街を横断しなければならないのかと思うといたたまれなくて、死んだほうがマシという気がしてくる。 そもそも、何故即位式を王宮で行わないのだ。もしくは、何故大神殿は王宮の隣に建っていないのだ。そうすれば曝す恥も最低限で済んだのに。 などどボヤいたところで始まらない。 あと数時間辛抱すれば、このお役目とも決別だとなけなしの気力を奮い立たせ、土方が王宮から外へと一歩踏み出した瞬間。 わあああっ、と地鳴りのような歓声が押し寄せてきた。 土方、もとい王女が姿を見せるのを今や遅しと待ちかねていた国民たちが大挙して門の外まで押し寄せてきていたのである。 音に圧倒され思わずたじろぐ土方の背を、王女付の侍女が前へと押した。 「にっこり笑って手を振って!」 小声で叱責され、頬を引きつらせながら土方が小さく手を振ると、熱狂した群集が大地を揺るがす。これで動じるなというほうが無理な相談だ。 だが尻込みするのはまだ早かった。 ギクシャクと、ぎこちない足取りで土方が乗り込んだパレード用のオープンカーは、ゆっくり発車すると街道へと走り出した。その沿道を埋め尽くす怒涛の人・人・人に圧倒される。 ぎっしりと押し寄せた人々が、手にした国旗を力いっぱい振りながら声の限りに王女の名を叫ぶ。 「姫様ー!」 「おめでとうございます、姫様ぁっ!」 ひっきりなしに掛けられる祝福の声に、いかに王女が国民から愛されているか、即位を歓迎されているかがよく分かる。 いかにも平和そのものといった光景だったが、しかし気は抜けない。反対派が何か仕掛けてくるとしたら、このパレードが最後にして最大のチャンスなのだ。王女が正式に即位してしまってからは、どんな妨害も意味をなさないのだから。 最初に聞いた話では、本物の王女は普段から狙われていて生命の危機に瀕したことも一度や二度ではない、ということだったが、今のところ土方がやって来てからは特に危険を感じたことはない。ただひたすらにプリンセス修行に明け暮れる日々で、正直少々物足りなく感じていた。 だがそれも、ひょっとしたら油断させるための策という可能性もある。この大群衆の中に暗殺者が紛れ込んでいるとしたら、事前に見つけ出すことは不可能だろう。 歩くよりも遅いスピードでゆっくりゆっくりと進むオープンカーの座席の上から、表面はにこやかに歓声に向かって手を振りながら、土方の双眸が注意深く周囲を観察する。 けれど結局、大神殿に着くまで何一つ異変は起こらなかった。 拍子抜けしつつも、恙なく即位式を終えるまでが任務だと気を取り直し、車を降りた土方は何度も振り返っては笑顔で民衆に応えながら、大神殿の階段をゆっくりと昇って行った。 重厚な扉が恭しく開かれ、土方を飲み込むとパタリと閉ざされた。途端、外の喧騒が嘘のように聞こえなくなる。 厳粛な空気が満ちたホール内とのあまりの落差に、一瞬眩暈を起こしそうになったが、落ち着いてよく見渡せば大勢の人間が入り口を向いてじっと土方に視線を注いでいる。 即位式の列席者、つまりはこの国の有力者たちであろう。 ここでボロを出しては全てが水の泡だ。 気持ちを引き締め、何日もかけて叩き込まれた手順を正確に思い出しながら、扉の前で祭壇に向かって優雅に一礼した。そして、緋色のカーペットの上を何度も何度もやり直しをさせられた歩き方で淑やかに進む。 歩いているのは土方一人だが、これで隣にもう一人正装した人間がいれば、この雰囲気は最近江戸でも流行っている異国風の結婚式のようだ、と思う。カーペットの緋色と純白のドレスがそう感じさせるのかもしれない。 突き当たりの数段高くなった祭壇で、こちらを向いて待っていた大司教の前までやって来ると、ドレスの裾を慣れた手つきでさばき、土方は膝を折り恭しく頭を垂れた。 「神の御名において、汝を第1460代艶是瑠国女王として承認する」 厳かな声で宣言した大司教が、艶やかな長い黒髪のウィッグの上に煌めく豪奢な宝冠を被せ、土方は更に深く一礼をする。 あとは、誓いの指輪とやらを受け取れば、無事戴冠式は終了のはずだ。 肩の荷が半分ほど下りたような気分で立ち上がり、指輪を持っているはずの男へと向き直った土方は、驚きのあまりあやうく声をあげるところだった。 (万事屋っ……!?) まさか、こんな所にいるはずがない。きっと、土方そっくりの王女がいたように、銀時と瓜二つの司祭もいるのだろう。 「では、指輪を授かり、宣誓を」 (宣誓っ? 宣誓ってなんだ? 聞いてねェぞ、おいっ) ここまで来て、突然覚えのない要求を突きつけられ焦る土方の左手を、銀時そっくりの天人がそっと引き寄せ、その薬指に色とりどりの宝石が散りばめられた指輪を嵌めた。 (どうするっ? 宣誓ってどうすりゃいいんだっ!?) ウンザリするほど繰り返されたリハーサルだったが、一度たりともこんな場面はなかった。どうすればいいのか分からない。 何でもいいからヒントをくれないだろうか、と無意識のうちに縋るような瞳で見つめてくる土方に、銀時似の男はにっこり、いやニヤリと笑い返し、掴んだままの左手首を更に引き寄せ、もう片手を細く締め付けられた腰に回すと、いきなり唇を重ねてきた。 「〜〜〜っ!!??」 何の心構えもできていない無防備な歯列をあっさりと割って忍び込んだ舌が、口腔内を好き勝手に蹂躙する。 「んっ、んふ…ぅっ……」 口蓋や舌の裏の付け根のあたりなど、特に土方が弱いポイントを的確に重点的に責められ、思わず鼻から甘い声が漏れてしまった。腰が抜けそうになるまで徹底的に口腔内をなぶられてようやく、男が唇を解放する。 「はぁっ… ぁ… はぁっ……」 不規則な荒い息をつき、とろんと潤んだ瞳の土方に、大司教が粛然と宣言する。 「宣誓の儀、確かに見届けました」 途端に列席者から盛大な拍手と歓声が降り注いだ。 つまりは、指輪を渡した男と接吻けを交わすことが宣誓であったらしい。事前に何も教えなかった連中を内心で罵りながらも、どうにか無事に大役を果たせたと安堵する。これでやっと、地球に帰れる―― まだ呼吸が整わない肩からホッと力を抜き、そこでまだ男の腕が腰に回ったままだったことに気づいた。 顔だけじゃなく、そんなところまであの男に似ていやがる、と普段なら即座に殴り倒すか蹴り飛ばすところであるが、この状況ではまさかそうもいかない。 なんとか拘束を逃れようともぞもぞ身もがいていると、男は腕を緩めるどころか更にきつく両腕で抱きしめてきた。 「ではこれより、両国友好の儀式に移らせていただきます」 初めて喋った男の声は、口調こそ違うものの銀時そっくりだった。 「これからも末永い両国の発展をお祈り申し上げます」 恭しく礼をする大司教に頷き返し、男は再び土方の顔を覗き込んだ。底意地悪く光る瞳が、まるで銀時そのものだ。 「では参りましょうか、姫。…いや、女王様」 |
| ◆つづく◆ また女装ネタ… またお姫様… |
後篇へ≫ |
【【TOPへ 【【MENUへ |