狙われたティーチャー 前篇



どんなに小さくてもガセだと思われても、テロリストの情報が入れば徹底的に調べるのが真選組の仕事。
他の警察組織には許されていない危険な潜入捜査も、真選組に限っては珍しいことではない。
だがそれは、特別な訓練を受けた監察方が行うのが常だ。
今回のように、副長たる土方自らが敵地かもしれない場所に単身で潜入するなど、本来なら有り得ない。
もちろん、能力的には何ら問題はない。潜入捜査の一つもできなくて真選組の副長は務まらないのだ。
ただ、万が一のことを考えれば、やはり土方以外の人間が望ましかった。密偵任務で副長を失うなんて事態になってはたまらないから。
けれど、今回に限っては他に適任者がいなかったのだから仕方がない。
「副長、本当に申し訳ありません」
本来潜入するはずだった監察の山崎が深々と頭を下げる。
「なんとか体育か家庭科、せめて美術で進めたかったんですが…」
なんの話かというと。
この度、真選組が調査しようとしているのは、テロリストが潜伏しているというタレ込みがあった都内にある某男子高。教師に紛れているのか、それとも生徒のフリをしているのか、あるいはその両方なのか、何一つ掴めていないまま、学校内に潜入することになったのだが。
生徒として入り込むなら転校生で済む。ちょっと老けた高校生になってしまうが、一度社会に出たものの再び学び直したくなった人々のためのコースが設置された学校なので不自然ではないだろう。そのクラスにこそテロリストが潜伏している可能性が最も高いのだし。
しかし生徒では、やはり活動範囲が限られてしまうため、教師として潜り込むのが望ましかった。
ただ、教師はいきなり増員になったりしない。それもこんな時期外れに。だから、ターゲットである可能性が全くない人物に協力を取り付け、一時的に休職してもらい、その代替教員として入り込むことにしたまではいいのだが。
その協力者の資格を有した人物が、生物と物理を担当している教師しかいなかったのが大問題なのだった。
いくら捜査目的とはいえ、教師として赴く以上授業を行わないわけにはいかない。そして、高校生に生物と物理を教えられるほど理系に秀でた人間は、真選組には土方しかいなかったのである。
「こればっかりはしょーがねェだろ。ま、たまには現場もいいさ」
しょうがない、と口では言いながら、土方は楽しそうだ。
実は、土方に潜入捜査をさせたくない、と思っているのは周囲だけで、当の本人は何より現場が大好きなのだ。最前線ならなおのこといい。心中密かに、このネタは当たりであってくれ、テロリストたちの巣窟だったらいい、などと考えている土方なのであった。
修羅場への期待に胸躍らせている、そのあまりに嬉しげな様子に
「いいですか、副長。潜入捜査の鉄則は目立たないことですからね。何を見ても聞いても、その場では見ざる聞かざるですよ。間違っても暴れたりしないでくださいね?」
立場を忘れてくどくど説教してしまった山崎であったが
「てめェ、誰に向かって言ってんだっ!」
激怒した土方にボコボコに殴られながらも、不安は晴れるどころか大きくなるばかりである。
「いいか、トシ。もし何かあっても絶対に一人で対処しようとするなよ。必ず俺に連絡しろ。わかったな?」
心配なのは山崎だけではなかったようで、近藤にもくどいほど念を押されていた。さすがに近藤相手にキレるわけにもいかず
「分かってるよ、近藤さん……」
ふてくされたような表情でボヤく土方に、代われるものなら代わりたいっ、と思った近藤以下真選組の隊士たちであった。



「先日入院されたハタ先生のピンチヒッターとして、今日から来ていただくことになった多串先生です」
朝の職員室。
職員会議の席上で校長に紹介され、土方はペコリと頭を下げた。
「多串です。至らぬ点も多々あるかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願い致します」
真選組副長・土方十四郎の顔と名前は一般にも広く知れ渡っている。テロリストが潜伏しているかもしれない場所に、素顔を晒して本名で入り込むわけにはいかない。変装、というほど大袈裟なものでもないが、前髪を軽く後ろに流して細いフレームの眼鏡をかけ、地味なスーツに身をつつんだ土方は、控えめな物腰のせいもあって、結構別人に見えた。
偽名の多串という妙な名前がどんな由来なのか知らないが、山崎が用意した身分証明がその名だったのである。
「多串先生には、ハタ先生が担当されていた生物と物理の他に、3年Z組の副担任と生物部の顧問もしていただきます。…坂田先生」
「はあ……」
校長に呼ばれ、ボサボサの銀色天然パーマに白衣を着た寝起きのような顔の教師が、外見通りの気の抜けた返事をした。
「彼が3年Z組の担任の坂田先生です。…多串先生に色々教えてあげてください」
校長のセリフの前半は土方に向けて、後半は坂田に向けて発せられ。
「…はい」
「はあ」
あまり気乗りのしない返事が2つ校長に返されたが、何はともあれ土方は問題のクラスの副担任として潜入することに成功したのである。

「…じゃあ、これから朝のホームルーム行きますんで、ついてきてください」
「はい。よろしくお願いします」
なんだコイツ、ほんとに教師かよ、だらしねェ、と内心では反発しつつ、表面は大人しく真面目そうに頭を下げる。
しかし、ぺったぺったと脱力したくなるような便所サンダルの足音の後ろを歩きながら、土方はふと違和感を覚えた。
(コイツ、妙にスキがねェ……)
いかにもかったるそうにダラダラ歩いているのだが、そのわりに身のこなしに隙がないのだ。
土方の要注意人物のリストに、早くも一人目が記された。
3年Z組、と書かれた教室の前で坂田が足を止め、土方を振り返った。
「あー。先に言っときますけど、かなりクセのあるクラスなんで。ビビんないでくださいね」
まあテロリスト潜伏の可能性が最も高いクラスだし、高校3年といえば、ちょうど怖いもの知らずがピークの年頃でもある。だが、その程度でいちいちビビっていたら、真選組の副長なんてやっていられない。伊達に毎日ストーカーな上司だの命を狙ってくる部下だのむさ苦しくも荒っぽい連中と顔を突き合わせているわけじゃないのだ。
と内心で思いつつも、土方はしおらしくコクンと頷くにとどめた。
「うーん、大丈夫かなあ……」
聞こえるように独り言を言いながら、坂田はガラリと教室の扉を開けた。
一気に押し寄せてくる室内のざわめき。教師が入ってきたからといって静かにする、といったクラスではないようだ。
「休んでるヤツいるかー……」
出席簿片手に坂田がぐるりと教室内を見渡す。空席がないのを確認すると出席簿を開きもしない。いちいち出席を取る気はないようだ。この様子では、部外者が制服を着て座っていても気づかないのではないかと思われた。
呆れたように眺めていた土方を、坂田が手招く。
「てめーらのこったから、もう知ってっと思うけど一応紹介しとくぞー。今日から、このクラスの副担任になった多串先生だ」
なんていういい加減な紹介の仕方だ、と目くじらをたてたところでしょうががない。
「多串です。ハタ先生が復帰なさるまでの短い間だとは思いますが、よろしく」
軽く会釈をした土方だったが
「よろしくお願いしまーす」
などという、良い子の挨拶は返ってこなかった。そのかわり、ヒューヒューとけたたましく口笛が鳴らされ
「センセー、バージン?」
「週何回くらいセックスするー?」
「正常位とバック、どっち好きー?」
「ばっか、あれは騎乗位が映えるツラだろ。な、センセー?」
次々と浴びせられる露骨な質問に、不覚にも赤面してしまった土方に、ますます生徒たちは調子づく。
「かーわいー」
「もしかしてバージンなだけじゃなくてドーテー?」
「なぁなぁ、今度イッパツ犯らして?」
男子生徒→男性教師でもセクハラは成立するのか、といささか現実逃避じみたことを考えてしまった土方を庇うように、坂田が生徒たちの前に進み出た。
「おいおい、ほどほどにしとけよ」
そんなに強い口調でたしなめたわけでもないのに意外にも、教室内がそれなりに静かになった。
やる気のないだらしない教師だと思ったが、こんなとんでもないクラスをまとめあげられる男だったのか、と土方は少し坂田を見直した。
が、すぐに前言撤回をしたくなる。
「そーゆーコトは、これから俺がじっくり多串先生に聞くんだから、おめーらガキは黙ってろ」
と言って土方の腰を抱き寄せたのだ。
「じゃ、今日のHRはこれで終わり。俺はこれから多串先生といちゃいちゃするから、てめーら邪魔すんなよ」
そして土方の腰を抱いたまま、冷やかす生徒たちの声に見送られて教室を出たのだった。
「は、放してくださいっ」
廊下に出たところで、坂田の腕を外そうと土方がもがく。だが意外に力強い腕はビクともしなかった。
「まだダメですねー。生徒が見てますから」
「だから、なおさらっ……」
生徒の見ている前で男に腰を抱かれて歩くなんて、土方にしてみればどんだ醜態だ。
「ヤりたいサカリのガキ共をなめちゃいけませんよォ。アイツら人間じゃないから、ケダモノだから。ケダモノ。多串先生みたいな可愛いヒト、俺が唾つけたってよーっくアピールしとかないと、あっというまにヤツらに喰われちゃいますからね」
ま、そーゆーのがお好きっていうんなら止めませんけど、と真顔で言われ、土方はどう反応したらいいのか戸惑う。タチの悪い冗談なのか本気の忠告なのか、判断に困った。
もっとも、たとえ本気だとしても大きなお世話で、自分の身ぐらい自分で守れる、とは思ったが。
しかし、これから短い間とはいえ正・副担任として組んで仕事をする相手と、こんなことで気まずくなるのは得策じゃない。
「…ご忠告、肝に銘じておきます」
事を荒立てないよう、殊勝な返事をしたというのに、何故か坂田はフッと笑った。
「多串先生、信じてないでしょ?」
死んだ魚のような目をしているくせに、観察力は侮れない。
「今までそんなお上品な学校にいたんですか?」
「いや、あの、ずっと自宅待機だったもので、実は教鞭を揮うのはこの学校が初めてなんです」
経験あります、なんてすぐバレるような嘘をつくのは危険だったのでそう答えた。
「じゃバイトで食いつないでたとか?」
「そうです。コンビニとか…」
「あー、大事ですよね、そういうの。学校出てすぐ教師んなっちまうと、学校以外の社会をなんにも知らない非常識人間になっちゃいますからね」
なかなか穿ったことを言う。
「…坂田先生も何か他の仕事を?」
「あ、うれしーなー。俺に興味が?」
この会話の流れでこの質問は普通だろうに、何故そんな切り返しになるのだ。
「いや、そういうわけじゃ……」
しかし興味がない、と切り捨ててしまうのも違う気がして土方は無自覚のまま、微かに顔を赤らめた。実際、この得体の知れない男に少なくない興味はある。もしテロリストの一味だとすれば興味どころじゃない。
「俺はそりゃーもう、学生時代からいろーんな仕事しましたよ。水商売なんかもね。オカマバーとかゲイバーとか」
うっふーん、とわざとらしく科をつくってみせるのが気持ち悪い。真面目な話をしていたはずなのに、この男はすぐに下ネタにもっていきたがるようだ。
「けど、コンビニでバイトしてたんなら今時のガキのタチの悪さなんて知ってるでしょ。店番してる時にからかわれたりしませんでした?」
「いえ……」
当然だが、本当はコンビニでバイトなどしたことがないので追求されると困る。
しかしふと、いつも土方の頭痛のタネである沖田総悟が年齢的にはちょうど彼らと同じくらいだと思い当たった。とはいえ沖田は特殊な例だろう。いくらなんでも、あれが一般的18歳だとは思いたくない。
「心当たりがあるようで」
どうしてこの男はこんなに土方の表情が読めるのだ。普段の土方は鉄面皮と言われるほど無表情のはずなのに。
「でも無理ないなあ。脳ミソが股間にあるような性少年には、多串先生のお色気は目の毒っつーか、チンコの毒ですよ」
「っ!」
いきなり学校で教師の口から出てはいけない単語を聞かされて、土方が絶句する。
「色っぽいうえに反応が可愛くって、ガキじゃなくてもちょっかい出したくなるってモンで」
「なっ、おっ、俺のどこがっ…」
生まれてこのかた下されたことのない評価をされ、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる。
そういうところが、とでも言いたげに坂田はニヤリと笑った。
「え〜。たとえばあ、お肌が真っ白でツヤツヤスベスベなところとか?もしかして毎晩パックとかしてます?」
してるわけないでしょうっ!と土方が叫ぶより早く、坂田は言葉を続ける。
「タンパク質たっぷりザーメンパックとか?」
意味が理解できるまでたっぷり30秒。ぷしゅー、と土方の顔面から湯気が噴出すのが目に見えるようだった。
「あれ?ひょっとして図星でした?じゃあ今度ぜひ俺のも試してくださいよ。俺のは濃くて活きがいいから、効果バツグンだと思いますよ。そのおキレイな顔にたっぷりかけてあげますんで、期待してください」
「間に合ってますっ!」
これ以上この男の戯言に付き合ってられるか、と坂田を振り切ると土方は一人で職員室へ足音も荒く戻っていった。

(なんなんだ、あのヤローッ)
思い出せば思い出すほど腹が立つ。新入りだと思って完全にナメられている。
あんなヤツと、これからしばらく組まなければならないのかと思うと腸が煮えくり返りそうだ。やはり何事も最初が肝心なので、これ以上ナメられないよう一発ガツンと入れておいたほうがいいと思う一方で、捜査が終わるまで面倒は起こすべきじゃないと冷静な自分が忠告している。
結局、捜査が終わるまで、これも仕事のうちだと自分に言い聞かせてやり過ごそうと決めたのだが。
しかし、最初に大きな抵抗をしなかったことが調子づかせてしまったのか。坂田と3年Z組の生徒たちによるセクハラは日々エスカレートする一方だった。
しかも坂田に関しては、自ら進んでセクハラを受けに行っているような側面もあって、土方としてはなおさら悔しい。
だが、生徒たちの猛攻をかわすには他に有効な手段がないのが現実なのだ。
はじめに坂田が言っていたのは誇張でもなんでもなくて、どこまで本気かは分からなかったが、生徒たちの執拗なまとわりつきかたは尋常ではなかった。
「質問があるとか相談があるとか言われても、間違っても密室で生徒と2人きりになっちゃいけませんよ。てか、複数だともっとヤバイですけど」
何をバカな、と聞き流していた坂田の忠告が実感を伴って身にしみてきた。
すれ違いざまに土方の尻や股間に触ってくるのは当たり前。
抱きつこうとしたり脱がそうとしたり押し倒そうとしてきたり。
授業のために教室に入れば黒板いっぱいに卑猥な落書き。
坂田の言った通り「今日の授業で分からないところがある」だの「進路のことで相談したい」だの見え見えの理由で土方を呼び出そうとしたり。
あるいは職員用のトイレに入れば、少し間を置いた逃れようがないタイミングを見計らって入ってきて、覗き込んだり触ろうとしたり触らせようとしたりした挙げ句、
「センセーのチンポ、綺麗な色してんなあ。全然使い込んでませんって感じ。愛されチンポってヤツ?俺のが断然黒いぜ、ホラ」
などと憤死もののセリフを浴びせてくれたり。
実は性器(と乳首)の色に関しては土方の密かなコンプレックスなのだ。単なる体内色素の問題なのだと分かってはいるのだが、なんとなく男として半人前のような気がしてならない。もちろん、彼らが言うように未使用なんかじゃないのに、屯所の風呂でもしょっちゅうそうやってからかわれていた。
もし女性にそんな風に言われたら再起不能になってしまいそうなので、極力部屋は暗くして、触ってもらうことはあっても咥えさせたりは絶対にしない。
これ以上からかわれてはたまらないと個室を使うようにしたら、出たところを待ち構えていた生徒たちに取り囲まれてしまった。
「個室使用ってことは、センセー、もしかしてオナってた?センセーのズリネタって何?やっぱ彼氏?」
「まさか銀八とか言わねえよな」
「デカチンのブラザーに後ろからガンガン犯されたい願望とかある?」
「なあなあ、センセーのオナニーってやっぱケツの穴いじんの?」
「うわー、見てー。すっげ見てー。ちょっとここでもっかいオナってくれよ、センセー」
そこからはもう、怒涛のオナニー見せろコールに迫られて、逃れるには全員を殴り倒すしかないかと、土方が反撃のため身構えたところで
「おーい。お前らいい加減にしろー」
トイレの入り口のほうから、のんびりとした声がかけられた。坂田である。
「お前ら、多串先生は俺んだって言ったろーが。俺に無断でお触りも鑑賞会も禁止だ。わかったな」
すると「ちぇ」だの「銀八ずりィぜ」だの「後で俺らにもまわせよな」だのと言いながらも、あっさり生徒たちが引いたのである。
あれほど土方が「悪ふざけも大概にしろ!」とか「そこをどけ!」と怒鳴ってもニヤニヤ笑うばかりだったのに。
「…大丈夫でしたか、多串先生」
生徒たちが完全に去ってから、坂田が土方の無事を確認する。
「助かり、ました……」
この男に礼など言いたくもないが、助けられたのは間違いない。特殊な訓練を受けている武装警察官が、潜入捜査先で一般人、それも未成年の高校生に怪我を負わせたなんてことになれば(しかも原因がセクハラされたからだなんて)ヘタをしたら真選組の存続にすら危機をおよぼしたかもしれない。
「だからスキを見せちゃダメだって言ったでしょう。あいつらみんなオオカミだって」
まったくだ。あそこまでいくともはや犯罪だ。逮捕してやりたいぐらいである。
「今度からトイレん時は俺に一声かけてくださいよ。仲良くツレションとしゃれこみましょう」
「……ありがとうございます」
とは答えたものの、土方にそんなつもりはさらっさらない。女子供じゃあるまいし、誘い合ってお手々つないで仲良くトイレなんて冗談じゃない。これからは極力授業時間中、あるいは他の先生がいる時を狙って用をたせば済むことだ。
――と思ったのだが。
土方が誘わずとも、坂田は勝手についてくる。どういう時間割の作り方をしたのか知らないが、土方の空き時間と坂田の空き時間はほとんどかぶっているのだ。
「授業中だし、生徒もいないと思うんで、一人で大丈夫ですから」
と拒絶しても
「俺もトイレ行きたいだけなんでお気になさらず」
そう言われてしまうと断りようがなくなってしまう。しかも、ついてきた坂田は用を足すでもなく
「多串先生の腰、細いですよねー」
「きゅっと締まってて、くいっと上がってて、カッコイイお尻だなー」
などと言いながらさわさわと触ってくるのだ。生徒の集団に囲まれるよりはマシとはいえ、嬉しくないことに変わりはない。
「坂田先生、悪ふざけもほどほどにしてください」
「本気ならほどほどにしなくてもいいんですか?」
「本気なわけないでしょうっ」
ムキになって拒否するから面白がられるのだ、さらりと流せばいい、と無視するようにもしてみたが、結局は飽きるどころかますます酷くなっただけだった。
さらに。
坂田のようにネチっこい者や多くの生徒たちのようにギラついた者だけを警戒していると、思わぬ方向からセクハラ攻撃がくることもある。
「たぐし先生ぇ!」
能天気な声は坂本だ。
「…おおぐしだ。どうした?」
高校生兼起業家の坂本は、仕事で多忙らしくあまり学校に来ない。そのせいか、いっかな土方の名前を正しく覚えないのだ(もっとも坂田のことも「金八」呼ばわりをしてるので、単に他人の名前を覚えないヤツなだけかもしれない)
「先生、これ」
差し出されたのはポケットティッシュ。しかも町中で配られているテレクラの広告つきだ。
「…せっかくだが、俺はテレクラに用はない」
「違う違う、そそっかしいのう。これを使って欲しいんじゃ」
「…いや、間に合ってる」
生徒にポケットティッシュを恵んでもらわねばならないほど困っていない。
「おお、自前のを使うてくれるがか?」
微妙に会話が噛み合ってないのは気のせいじゃないだろう。
「坂本。順序良く分かるように喋ってくれ」
「なんじゃー。先生のくせに物分りが悪いのう」
ピキっと土方のこめかみに青筋が浮かぶ。足りないのは土方の理解力ではなく坂本の説明だ。
「だからじゃなあ、たぐし先生にセンズリをかいてもらって、そのザーメンをこのティッシュで拭き取って欲しいんじゃ。きっと高く売れるぜよ。6:4でどうじゃ?」
「…………」
脱力して床にへたりこみたくなった。
商売人だから儲け話には聡いのかもしれないが、だからといって何を考えているんだ――
「たぐし先生は、ようトイレでマスかいとるんじゃろ?(そんなデマを鵜呑みにするな!by土方)じゃったら、無駄に流さないで金にしたらエエが。7:3で手ぇ打つぜよ」
もう何も言い返す気力もなかった。
「…悪いが他をあたってくれ…………」
弱々しくティッシュを押し返すと重い足取りで職員室へと戻る土方へ
「8:2でもいいから考え直してくれんかのう、たぐし先生」
名前は覚えないが諦めの悪い坂本が未練がましく言いつのるのだった。


◆つづく◆

多串くんのフルネームはなんだろう

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