午前零時の訪問者 2 |
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廊下に出て神経を周囲に張り巡らせると、応接間のほうから人の気配が感じられた。 気配を殺して近づくと、ドアの下の隙間から明かりが漏れている。 (普通、泥棒が電気つけるか…?それともとっつぁんがまだ起きてんのか?) ドアを開けようか開けまいか、しばらく様子を窺っていると中からぼそぼそと話し声が聞こえてきた。松平の声のようだ。 (なんだ、とっつぁんに客か…?でもこんな時間に…?) 危険はなさそうな気がしてきたが、まだ立ち去るのを決めかねて土方はじっと中の様子に耳を澄ませていた。 ――土方は、ここで部屋に戻るべきだったのだ。 いや、高杉の進言通り、部屋から出なければ良かったのだ。 せっかくわざわざ「何があっても部屋から出るな」と教えてくれたのに。 後々まで、この時の自分の判断の過ちを後悔する破目になるとは、今の土方には知る由もなかったが。 「12時だ」 ふいに、はっきりした声が聞こえた。なんだか、どこかで聞き覚えがあるような――? 続いてゴト、ゴト、と何か重いものを置くような音。 ただならぬ気配に、意を決して土方は少しだけドアを開け、室内の様子を窺った。 まず目に入ったのは、深く項垂れてソファに座っている松平。酷い二日酔いの朝ですら見たことがないほど青褪めて、テーブルの上をじっと睨んだままガタガタと震えている。 「っ!」 松平が凝視しているテーブルの上を見て土方は息を飲んだ。 日本刀と拳銃。 どちらも善良な一般市民にはおよそ無縁の代物であるが、何故か土方は本物だと直感した。室内に張り詰めた緊迫した空気のせいかもしれない。 そして松平の正面。ソファに深々と腰掛け高く足を組んでいるのは―― (高杉!?) 見るからに上等そうなスーツをワイルドに着崩し、外国産の細長い煙草をくゆらせ、日頃の横柄な態度に更に輪がかかった傲慢さで、別人のように大人びて見えるが、確かにクラスメイトの高杉だった。 (なんでアイツがここに……?) 気配を殺すことも忘れて、どういうことかと固唾を飲んで成り行きを見守る。 「どれでも好きなの選んでいいぜェ。銃、毒、ロープ。やっぱサムライらしく切腹にすっか?」 聞き捨てならない単語を並べる高杉の声に、再度テーブルの上を良く見ると、確かに刀と銃に並んで錠剤の入った小瓶と一本のロープが置かれている。しかもロープはご丁寧に片方の端が大き目の輪っかになっていた。ちょうど、頭一つが余裕で通るくらいの―― これらの品物が意味することは一つしか考えられなかったが、まさかそんな馬鹿な、と頭を振って否定する。 しかし松平の怯えかたが、冗談でも悪ふざけでもないと証明していた。 「あんま手間かけさせんなよ、オッサンよォ。俺も暇じゃねェし、いつまでもアンタと面つきあわせてたって全然楽しかねェんだよ」 冷たい、ゾッとするほど人間味のない声だった。 「てめェのケツも拭けねェってんならしょうがねェ。俺がケリつけてやる」 そう言って、高杉の背後で微動だにせず控えていた黒服にサングラスの、いかにもな男たちに顎をしゃくって合図をする。 頷いた男たちは無言のまま、機械のような動作で松平の両側に立った。 「刀も銃も血が飛び散って、後で掃除するヤツが大変だからな。クスリ飲めや」 逃げようと腰を浮かせた松平の腕を黒服の一人がしっかりと掴んだ。 別の一人が瓶から錠剤を取り出し、松平の口元に持って行く。 歯を食いしばり必死に首を振って松平が抵抗しているが、屈強な手に今にも口をこじ開けられそうだ。 「やめろっ!」 それ以上見ていられなくて、土方は室内に飛び込んだ。 突然の土方の乱入にも、高杉は驚いた素振りは見せなかった。 たぶん、ずっと土方が見ていたのに気づいていたのだろう。やれやれと肩をすくめ 「だから部屋から出るなって忠告しただろうが」 と言った。つまり放課後の段階で、今夜こういう事態が発生すると知っていたわけだ。 「高杉っ。てめェ何やってんだよっ!」 「オシゴト」 激昂する土方とは対照的に、淡々と高杉が答える。 「…仕事?」 「そっ。ま、分かりやすく言うと取り立て代行、みたいな?」 分かりやすく、と言われてもそんな職業、聞いたこともない。首を傾げる土方に 「そこのオッサンはなァ。ちょうど一年前の今日、コワーイ人たちから返すアテもないくせに金を借りたんだよ。で、最終返済期限が昨日だったから、契約を遂行していただこうと、こうしてわざわざ自宅まで来てやったってわけだ」 「け、いやく……?」 高杉は何も難しいことなど言っていないのに、まるで初めて聞く外国語のように意味が理解できない。 「見るか?これがそん時の念書だ。『期限までに返済できなかった場合は、生命保険金をもって補填します』ってな。ちゃんとそこのオッサンのサインもハンコもあるだろ」 ピラン、と土方の目の前に一枚の紙が差し出された。 それは、高杉の言った通り、借金の際松平が書いた念書だった。 |
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高土への道はまだ遠い… |
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