午前零時の訪問者 3



「でも、だからって……」
自殺させて(いや、高杉は積極的に殺そうとすらしていた)その保険金を借金の返済に充てるなど、人道的に許されることなのか。
「約束は守らなくっちゃなァ、オッサン」
「あ、あと少しだけ待ってくれ!そ、そうしたら……!」
「待てねェなァ」
どうしようもないオヤジだとは思っていたが、こんなに小さく頼りなく見えたのは初めてだった。
そんなに金に困っていたのだろうか。もしかして自分の存在が、大変な重荷になっていたのではないかと気づき、土方は血の気が引いた。
両親が遺してくれた財産があったはずなので、金銭的には松平に迷惑はかけていないと思っていたのだが、全然足りなかったのかもしれない。
だとしたら、その借金は土方が背負うべきものだ。
「…わかった」
「なら、とっとと出て行け。てめェだって、親父がわりのこのオッサンが死ぬとこなんて見たくねェだろ」
思いつめた土方の声に対し、気のせいか、高杉は安堵したように微かに口調を和らげた。だが。
「俺が死ねばいいんだろ。俺にだって保険ぐらいかけられてるはずだ。それでとっつぁんの借金はチャラにしてくれ」
言うが早いか、テーブルの上から拳銃を引っ掴むと、土方は自らのこめかみに銃口を押し当てた。
「とっつぁん、今まで世話になった。迷惑かけてごめんな」
柔らかく微笑むと、土方は銃爪にかけた指に力をこめた――
「ま、待てっ!」
慌てて高杉が腰を浮かせる。
ボス――!
サイレンサーつきだったため、鈍い発射音の後、天井の欠片がパラパラと落ちてくる。
「ったく、てめェってヤツはっ……!」
ハァハァと息を荒げた高杉が、握り締めた土方の手首ごと銃口を天井に向けていた。残る片手で拳銃をもぎ取る。
「返せよっ!」
「てめェが死ぬ必要なんかねェだろうがっ!」
「栗子だっているんだ。とっつぁんはまだ死ぬワケにゃいかねェんだよっ!」
高杉の手から逃れようと、土方が懸命にもがく。だが、小柄なわりに高杉の力は強く振りほどくことはできなかった。
腕の中でようやく大人しくなった土方を抱きしめたまま、高杉は大きく溜息をついた。
「しょうがねェ。土方に免じてあと少しだけ待ってやるよ」
譲歩を見せた高杉に、パァァッと松平と土方の顔が希望に輝く。
「一週間だ。来週の今日までに金を揃えろ。それ以上は半日たりとも待たねェぞ」
だがすぐに、その顔はしおしおと萎れる。
「い、一週間じゃいくらなんでも……」
「ダメだ。アンタに落とし前つけてもらわなきゃ、今度は俺がやべェんだよ」
取り付く島もない高杉に、松平は今にも死にそうな顔になる。
「それから」
まだこのうえ何か、と松平が恨みがましい視線を投げかける。
「一週間、土方は俺が預かる。我が身可愛さに、土方に万一のことがないとは言えねェからな」
つまり、松平が自分が助かりたい一心で土方を手にかけるかもしれないというのか。そんなバカな、と思ったが「人間、てめェが死ぬとなりゃ思いもよらねえ行動に出るもんだ」と高杉が切って捨てる。
今まで数々の修羅場を体験してきたらしい高杉の言葉は説得力があった。
「土方。てめェもだ。もしこの一週間の間にてめェが事故でも自殺でも、死んだりしたらすぐにコイツに後を追わせてやる。そこんとこ、よーく肝に銘じとけ」
もう二度と、さっきのような真似は許さない、と怖いくらい真剣な高杉の目が言っていた。

それから一週間。
宣言通り高杉は、片時も土方の傍を離れなかった。
連れ込まれた、高校生の一人暮らしとはおよそ不似合いな高級マンションではもちろんのこと。
学校内でも、授業中・休憩時間を問わずぺったりと張り付いているうえ、登下校まで一緒の彼らに全校中から好奇の視線が集まった。とはいうものの、まことしやかに黒い噂が絶えたことのない高杉に、面と向かって関係を問いただしたり冷やかしたりできる強者などいるはずもなく。
そのかわり、当人たちには決して聞かせられないような下世話な噂が、尾ひれをつけて物凄い勢いで校内に広まっていったのだった。



高杉の地獄耳には噂が届いてます
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