午前零時の訪問者 4 |
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そして運命の一週間後。 当然といえば当然のことながら、松平に金の工面はできなかった。 「一週間で3千万なんて無理に決まってんだろっ!」 高杉の元に連れて来られて初めて、土方は借金の額を知った。それは、平凡な高校生の自分などには想像もできない大金だった。 「ンなこたねェ。ベガスでも行ってスロットでもルーレットでもちょちょっと勝ちゃあ3千万だろーが1億だろーがワケねェさ。一週間もいらねェ、一晩で十分だ」 土方にはまるで現実味がないが、高杉にとってはリアルなのだろうか。しかし 「とっつぁんには致命的にギャンブル運がねェ……」 「知ってるさ。そのくせ無類のギャンブル好きだってのもなァ」 揶揄するような高杉の口調に、土方は嫌な予感がした。 「まさか、とっつぁんの借金の理由って……」 「うん?ま、そんだけじゃねェがな」 だけじゃなくても、ギャンブルも理由の一つには違いないわけだ。なんだか脱力したくなった土方である。 「な?お前が命かけてまで助けてやるような価値のあるオヤジじゃなかっただろ」 確かに自業自得だ。だが。 「……だからって見殺しにはできねェよ。あんなヤツでも俺にとっては恩人だし、年頃の娘だっているんだ……」 甘いな、と高杉は思ったが、それは好ましい甘さだった。どうしようもない男ではあるが、それでも松平なりに大事に土方を育ててきたのだろう。 「なんとか助けてやる方法はねェのか…?」 「ねェな」 高杉はにべもない。 「そこをなんとか……」 「言ったろ。俺ァ代行なんだよ。松平から金か命が取れなきゃ俺が消されちまうのさ」 そんな風に言われてしまうと、もう土方には返す言葉がなかった。 「俺にはなんにもできねェのかよ…………」 巨大な無力感に押し潰されそうなのだろう。声だけでなく土方自身が消え入ってしまいそうに儚い。 あまりに打ちひしがれた様子に、高杉すらも絆される。 「…なくはねェ、がな」 独り言のように小さな呟きだったが、途端にパッと顔を上げ、土方が縋るような瞳で高杉を見つめた。 「どうすればいいっ!?俺にできることなら何でもするから言ってくれっ!」 「…何でもするなんて、軽々しく口にするもんじゃないぜェ」 窘めるように言われ、ぐっと言葉につまる。 「そ、そうかもしんねェけど… 死ぬよりマシだ」 「そうかァ?世の中には死んだ方がマシ、ってコトも結構あるぜ?」 3千万円の代価は安くないということか。それはそうだろう。 「それでも…教えてくれ。俺は何をすればいい?」 仕方のないやつだ、とでも言いたげに、高杉が軽く息を吐いた。 「簡単だ。お前を売ればいい」 「は……?」 全然意味が分からない。やっぱり死んで保険金で償えということか? 「金は俺が出す。その代わり、お前を俺に売れ」 「お前、に……?」 土方にはまだよく状況が飲み込めない。 「俺が肩代わりしてやる3千万分、お前が働け。俺の命令には絶対服従だ。…できるか?」 命令、という単語に条件反射で反感を覚えたが理性で抑えた。高杉の元で働く、と言われあの夜見た黒服の男たちが脳裏に蘇る。 「お、れに、お前の仕事を手伝え、ってことか…?」 人殺しの、手伝いをしろ、と―― 松平の命を助けるために、全く関係のない、松平と同じ境遇の他人の命を奪うなんて、土方にはできない。 かといって、みすみす松平を見殺しにすることも―― 先程の「なんでもするなんて軽々しく言うな」とはこういうことだったのか。確かに、人を、見ず知らずの恨みも何もない他人を殺めるなんて、できるはずがない。 血の気が引いた唇を噛み締める土方を見て、高杉は彼が勘違いしているのに気づいた。 「安心しろ。仕事なんか手伝わせねェよ。ま、言うなれば俺と一緒に暮らして身の回りの世話をしてくれ、ってことだ」 「それは家事とかって意味か…?」 「まァ、そうだな。てめェの作るメシ旨ェし」 この一週間、ただで世話になるわけにはいかない、と食事の支度をはじめ掃除・洗濯は土方がこなしている。その手際は驚くほど良くて、豪華だけれど寒々しかった以前の暮らしとは打って変わった居心地の良さを高杉に与えた。 いつも何も言わず黙々と食事をたいらげるだけだった高杉に、思いがけず料理を誉められ、土方が嬉しそうに頬を染める。 それがいかにも初々しく可愛らしくて、ついつい高杉はからかいたくなった。 「簡単に言やァ、俺の嫁さんになれってこった」 「バッ…!誰が嫁さんだっ!」 真っ赤になって食ってかかった土方が、ふと真顔になる。 「そんなことで、いいのか……?俺が家政婦の真似事するぐらいで、とっつぁんを助けてくれんのか……?」 「家政婦じゃねェ、嫁だ」 見当外れな答えを返す高杉に、きっと冗談で誤魔化して自分たち家族を助けてくれようとしてるんだろう、と土方は好意的に解釈したのだった。 |
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